2019年11月10日

国土交通省が高裁敗訴判決を受けて、違法行為を戒める布達を発出していた !

国土交通省が高裁敗訴判決を受けて、違法行為を戒める布達を発出していた !
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1. はじめに

私が、同じ事務所の小川隆太郎弁護士と共同で担当してきた島崎武雄氏の国交省への国家賠償請求訴訟が、東京高裁で勝訴し、国によって上告されることなく確定したことは、このフェイスブックでも、すでにご報告しました(
http://www.tokyokyodo-law.com/国土交通省による国民の請願権を侵害する違法な/
)が、この件について、続報がありますのでお知らせします。
実は、この件について、この判決確定を踏まえて、初鹿明博衆議院議員にお願いして、質問主意書を提出していただきました。

2. 国土交通省による請願権等侵害を認めた確定判決に関する質問主意書

実は、この件について、この判決確定を踏まえて、初鹿明博議員にお願いして、質問主意書を提出していただきました。その質問主意書は以下のような中身のものです。

「本年四月十日、東京高等裁判所は、国土交通省により株式会社地域開発研究所元代表取締役社長(以下、「元社長」という。)の請願権(憲法第十六条)等が侵害されたとして、国に対して五百二十八万円の損害賠償の支払いを命じる判決を下しました(東京高等裁判所平成二十九年(ネ)第四七二六号損害賠償請求控訴事件)。
 当該判決で東京高等裁判所は以下のとおり判断しています。
 ① 公益法人・随意契約問題について、国土交通省本省担当官の行為は、地域開発研究所に対する違法な介入である。
 ② 東京湾第二海堡問題について、関東地方整備局港湾空港部担当官及びその部下の行為は、憲法第十六条に定められた請願権等を侵害し、地域開発研究所の自主的な経営への違憲・違法な介入にとどまらず、元社長個人に対する違憲・違法な制裁でもある。
 同判決は国土交通省側が上告せず確定しており、国土交通省としても上記違憲・違法行為を確認したのだと理解されます。
 そこで、以下質問します。

一 この東京高等裁判所の確定判決において認定された違憲・違法行為に関して、国土交通省が行った事実調査の有無及びその内容について、政府が承知していることを明らかにすべし。
二 この東京高等裁判所の確定判決を受けて、認定された違憲・違法行為に関与した職員・元職員らに対して、国土交通省が行った懲戒処分の有無及びその内容について、政府が承知していることを明らかにすべし。(当該懲戒処分について未だ検討中であれば、その事実関係及び遅れている理由を明らかにすべし。)
三 この東京高等裁判所の確定判決を受けて、同判決が認定したものと同種同様の違憲・違法行為の再発防止のために国土交通省がとった方策の有無及びその内容について、政府が承知していることを明らかにすべし。(当該方策について未だ検討中であれば、その事実関係及び遅れている理由を明らかにすべし。)
 右質問する。」


3. このたび、これに対する答弁書が出されました。
この答弁書の中身は次のようなものでした。

「令和元年十月十五日受領
答弁第四号
  内閣衆質二〇〇第四号
  令和元年十月十五日

内閣総理大臣 安倍晋三

       衆議院議長 大島理森 殿

衆議院議員初鹿明博君提出国土交通省による請願権等侵害を認めた確定判決に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。

衆議院議員初鹿明博君提出国土交通省による請願権等侵害を認めた確定判決に関する質問に対する答弁書

一について
 国土交通省においては、御指摘の判決において示された認定事実について、現在、事実関係の調査を行っているところである。

二について
 一についてでお答えしたとおり、現在、国土交通省において事実関係の調査を行っているところであり、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第八十二条第一項に規定する懲戒処分を行うかどうかについては、その結果を踏まえて検討を行うこととしている。

三について
 御指摘の判決を受けて、国土交通省においては、平成三十一年四月二十五日に同省大臣官房長から、同省本省内部部局の長、同省地方支分部局の長等に対して、適正な業務執行について、文書により周知を行っており、民間企業及びその役職員等に対して、法令の根拠に基づかない介入や、その疑念を抱かれるような行為をしないよう、服務規程の保持及び法令遵守の徹底に努めているところである。」

4. 国土交通省が発出した布達の内容・意義
この答弁書によって、国土交通省が、私たちが勝ち取った判決の確定を受けて、布達を出していたことがわかりました。この布達も、初鹿議員を通じて入手することができました。布達の内容は、以下のようなものです。

「「国交省布達2019.4.25」
国官人第217号
平成31年4月25日
内部部局の長 殿
施設等機関の長 殿
特別の機関の長 殿
地方支分部局の長 殿
外局の長 殿

大 臣 官 房 長
 (公 印 省 略)

適正な業務執行について

今般、国土交通省の職員が、民間企業及びその役員に対し,法令の根拠に基づかない介入を行い、民間企業の役員に損害を与えたとして、当該役員に対する国家賠償法上の損害賠償を命じる東京高等裁判所の判決が確定した。
国士交通省としては、違法行為はなかったと主張してきたところだが、判決では以下の行為が法令の根拠に基づかない介入として認定された。
・本省職員が、民間企業に対し、当該民間企業の役員の選解任を自発的なかたちで実行するよう求めた行為
・地方支分部局の職員が、民間企業に対し、発注停止を示唆した行為
・地方支分部局の職員が、民間企業の役員に対し、役員からの退任や退職を求めた行為 
 国土交通省においては、これまでも職員に対し、法令遵守を徹底するよう,各般の取り組みを進めてきたところであるが、今後とも、所管行妝を的確に推進していくためには、とりわけ発注関係業務に携わる職員一人一人が、公正を旨とすることを肝に銘じて、厳しく自らの身を律しながら職務の遂行を図っていかなければならない。
各機関においては、この判決を重く受け止め、民間企業及びその役職員等に対して、法令の根拠に基づかない介入や、その疑念を抱かれるような行為をしないよう、あらためて服務規程の保持及び法令遵守の徹底に努める冒を、所属職員に対して周知されたい。  
(以上)」
 
高等裁判所の国の敗訴判決が、国が上告することなく確定したことを受けて、国土交通省の大臣官房長がこのような布達を発出し、同じような違法行為を繰り返さないように、所属機関を戒めるということは、当たり前のことではありますが、どんな違法の限りを尽くしても、居直っているようにしか見えない安倍政権の下で、このような布達が発出されたことは、やはり画期的なことで、正しい対応だと思います。この布達が有効に機能し、適法な請願権の行使によって市民が不利益な扱いを受けるような事例が根絶されることを強く望みます。
島崎さんのご依頼で、このような訴訟の提起をお手伝いすることができて、本当に良かったなと思います。

5. 今後の課題
この答弁書の二項で、「現在、国土交通省において事実関係の調査を行っているところであり、国家公務員法(昭和二十二年法律第百二十号)第八十二条第一項に規定する懲戒処分を行うかどうかについては、その結果を踏まえて検討を行うこととしている。」とされ、今後、事実関係を精査して必要があれば違法行為に関与した職員の処分を検討するとされている点も、今後の対応を注目したいと思います。
そして、島崎さんの念願であった、公益法人への発注、コンサル会社への二次発注という形式で、中間搾取が横行し、結果として、国民の納めた税金の一部が無駄遣いされているという根本にある問題について、当初の随意契約方式が見直され、プロポーザル形式が原則とされるなど、一部改善はみられるものの、いまだ抜本的に改善されているとは言えない問題についても、引き続き政府の努力を見守りたいと思います。
以下に、原告であった島崎武雄氏、支援する会の代表であった熊本一規先生(明治学院大学名誉教授)、柴田武男先生(聖学院大学講師)のご意見を、「島崎さんを支える会」ニュース 第77号(2019.11.1(金)発行)から引用します。

6. 原告だった島崎武雄氏の意見
初鹿(はつしか)明博衆議院議員(立憲民主党)のご尽力により,本裁判の結果を受けて国土省内部で発布された「国交省布達2019.4.25」(略称)を入手することができました。内容を見ますと,判決の一部に的確に対応しており,国交省は、この布達を遵守する気があるのかも知れないと言う期待を抱かせます。
国交省は,国交省を批判する民間組織に対し,セカンドにプレッシャーを加え,トップを追放させると言う陰湿な伝統的手法を今後,採用しないということでしょうか。それが事実なら,公益法人改革への第一歩となります。
しかし,そうであったとしても,まだ一歩に過ぎません。公益法人改革は,まだまだ大きな課題です。「なお,初鹿議員による国会質問の日時は,まだ未定です。(島崎 武雄)

7. 熊本一規先生の意見 「国交省布達2019.4.25」に対する感想
国交省布達(2019.4.25)の内容は、東京高裁2019年4月10日判決の内容を真摯に受けとめたもので、高く評価できると思います。
このような布達が判決から半月後に出されたことは、国交省がいかに判決を深刻に受け止め、同様な事態の再発を防ごうと努めたかを示していると思います。 
安倍政権下において官庁に嘘、捏造等が横行している現状にあって、このような真っ当な布達が出されたことは、意外でもありますが、それだけに余計に大いに喜びたいと思います。
 あとは、本事件で違法行為を犯した職員への処分を期待したいものです。初鹿議員の質問に期待しています。
      熊本一規(2019.10.27)

8. 柴田武男先生のご意見 「国交省布達2019.4.25」に対する感想
「真摯に受けとめたもので、高く評価できると思います。」ですよね。東電の刑事裁判とか行政不信が頂点ですからなかなか正直に受け取れない気持ちでしたが、これはなかなかです。逆に、裏があるのかと思うくらいまともです。よくここまで来たという思いです。
島崎さんの執念が実ったという気がしました。これは通知になるのでしょうか、通達となるのですか。 この文章の行政上の位置づけを教えてください。内容的には、「 法令の根拠に基づかない介入を行い、民間企業の役員に損害を与えたとして、当該役員に対する国家賠償法上の損害賠償を命じ」られたわけですから、国は「 国土交通省の職員 」にこの賠償金額の支払いを求めることになるのでしょうか。それにしても、島崎裁判が国交省の行政に大きく貢献したことは事実でしょう。私はかなり衝撃を与えたとして、「 発注関係業務に携わる職員一人一人が、公正を旨とすること」 を素直に期待したいです。
        柴田武男(2019.10.27)

9. 布達の意義について
柴田さんから、質問を受けましたので、「布達」とは何なのか、少し調べてみました。普通に辞書(大辞泉)を引くと、「1 広く一般に知らせること。また、その知らせ。2 明治19年(1886)以前に発布された省令・府県令などの行政命令」と記載されています。
太政官布達の中には、今も有効なものがあり、それらは命令ですから、通達よりは強い意味を持ちます。
今回出された文書に「国交省布達2019.4.25」とあり、これがどのような意味を持つものか、通達としての意味があるか、正確には国土交通省に聞くしかありませんが、ウェブに掲載されている「国土交通省 告示・通達一覧」http://www.mlit.go.jp/notice/ には、この布達は掲載されていません。ということは、これは、いわゆる「通知」と同意義のものではないかと考えます。今後、質問の機会があれば、この布達の意義も聞いてほしいと思います。

(以下の映像はこの件を取り上げてくださった日経コンストラクションの記事からの引用です。)

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yuichikaidoblog at 21:38|PermalinkComments(0)国土交通省 | 司法

2019年10月18日

憲法改正の議論の前に、知っておくべきこと -ポツダム宣言の受諾から日本国憲法の制定まで-

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憲法改正の議論の前に、知っておくべきこと
-ポツダム宣言の受諾から日本国憲法の制定まで-

                    海渡 雄一


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はじめに

安倍政権は、いよいよ憲法改正の発議を目指すことを公言するようになった。日本国憲法の改正の是非について議論するためには、日本が15年戦争に敗北した時に、国際社会に対して、どのような約束をしたか、どのような経過で現在の憲法が制定されたかを知る必要があると思う。憲法について議論する前提となる基礎的な事実の確認のために、事実を整理した。

第1 戦争する国を支えていた法制度とその復活
1 戦争する国のシステムと安倍政権による復活

 日中戦争とこれに引き続く太平洋戦争は、近代日本の総力戦であった。そして、そのためには、兵器や軍隊を整えるだけでなく、戦争を遂行するための法体制を作り上げることが必要であった。私は、2017年に、「戦争する国のつくり方: 「戦前」をくり返さないために」という本を上梓した。この本の中で書いたことをまとめると、次のようになる。
 戦争遂行するためには、まず第一に戦争を行う主体をつくることが必要であった。これが戦前では大本営であり、安倍政権の下であらたに設けられた国家安全保障会議がそれに該当する。
 第二に、戦争に反対する勢力を無力化する治安維持法などの法制が整備され、戦争に反対する諸勢力が非合法化・あるいは活動を大きく制限された。これが、現代的に復活したのが、新共謀罪であろう。
 第三に、一般国民を戦争に協力させるための、教育勅語・軍事教練・靖国神社などの思想・道徳の徹底のための教育がなされた。今、日の丸と君が代強制が教育現場で進み、道徳教育が教科化されている。
 第四に、戦争のためにすべての物質的・社会的資源を動員することのできる国家総動員法や徴兵制度などの法制度が整備された。これを現代によみがえらせたものが、有事法制であり、自民党改憲草案と安倍改憲案に含まれている国家緊急権条項であろう。
 第五に、戦争の準備の過程と戦意の高揚のために不都合な情報は隠ぺいできる情報管理体制を確立することが必要であり、1937年に制定された改正軍機保護法や1941年に総力戦体制とともに制定された国防保安法がそれにあたった。これを現代的に復活させたのが、特定秘密保護法である。
 第六に、国民を戦争に誘導するために、内閣情報局のもとで報道出版の検閲統制がなされ、隣組による市民の相互監視が強められ、戦争非協力者には配給上の不利益までが課された。軽快な「隣組」の歌は、実は戦争動員の歌だったのである。

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 現代では、報道機関に対する脅しとキャスター外し、高市総務大臣の偏向放送の停波発言、NHK人事への介入が露骨になってきている。市民に対するデジタル監視のシステムも強められている。

2 安倍内閣は戦前の戦争法体系を現代型にして蘇らせようとしている
 政府は、まず解釈改憲と個別安全保障法の改正を先行させ、既成事実を軸にその後に憲法改正を提起する計画のようだ。
 2013年秘密保護法、2014年集団的自衛権を認める閣議決定、2015年平和安全法制=戦争法の制定、2016年高市電波停止発言、刑事訴訟法改正(盗聴法の大幅拡大による市民監視の強化、司法取引の導入)、2017年共謀罪制定など、安倍政権の一連の政策は、市民の抵抗を力と脅しによって黙らせ、憲法を改正し、国民を戦争に動員することのできる法体制へと導こうとしているようにみえる。
 そして、安倍政権は今開かれている臨時国会あるいは引き続く通常国会に改憲案の提起を行おうとしている。このような、政策誘導は、日本という国を敗戦以前の戦争できる国とすることをもくろんでいるように思われる。

第2 ポツダム宣言の受諾はなにを意味したか
1 15年戦争の敗北とポツダム宣言の受諾

 日本の戦後の歴史を規定しているものは、ポツダム宣言の受諾である。ポツダム宣言の受諾こそが日本の戦後の国のかたちを作った。ポツダム宣言の受諾は日本政府の非武装化を意味した。1945年7月26日に米・英・中の三か国が発した「ポツダム宣言(抄)」を確認しよう。
 「日本が、無分別な打算により自国を滅亡の淵に追い詰めた軍国主義者の指導を引き続き受けるか、それとも理性の道を歩むかを選ぶべき時が到来したのだ。
我々の条件は以下の条文で示すとおりであり、これについては譲歩せず、我々がここから外れることも又ない。執行の遅れは認めない。
 日本国民を欺いて世界征服に乗り出す過ちを犯させた勢力を永久に除去する。無責任な軍国主義が世界から駆逐されるまでは、平和と安全と正義の新秩序も現れ得ないからである。
 第6条の新秩序が確立され、戦争能力が失われたことが確認される時までは、我々の指示する基本的目的の達成を確保するため、日本国領域内の諸地点は占領されるべきものとする。
 カイロ宣言の条項は履行されるべきであり、又日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに我々の決定する諸小島に限られなければならない。
 我々の意志は日本人を民族として奴隷化しまた日本国民を滅亡させようとするものではないが、日本における捕虜虐待を含む一切の戦争犯罪人は処罰されるべきである。日本政府は日本国国民における民主主義的傾向の復活を強化し、これを妨げるあらゆる障碍は排除するべきであり、言論、宗教及び思想の自由並びに基本的人権の尊重は確立されるべきである。
 日本は経済復興し、課された賠償の義務を履行するための生産手段、戦争と再軍備に関わらないものが保有出来る。また将来的には国際貿易に復帰が許可される。
 日本国国民が自由に表明した意志による平和的傾向の責任ある政府の樹立を求める。この項目並びにすでに記載した条件が達成された場合に占領軍は撤退するべきである。
 我々は日本政府が全日本軍の即時無条件降伏を宣言し、またその行動について日本政府が十分に保障することを求める。これ以外の選択肢は迅速且つ完全なる壊滅があるのみである。」

2 ポツダム宣言を受けて日本政府がやったことは、機密重要書類の焼却であった。
 政府は1945年8月14日に、ポツダム宣言を受諾したが、同日 「機密重要書類焼却の件」を閣議決定した。戦争はなかったものにしようと、戦争に関する一切の資料を焼却して、自ら開始した戦争を歴史から消し去ろうとした。この通知も焼却するように指示されていたが、焼却をまぬかれた原本が松本市に保管されている(写真を添付した)。軍と官僚による戦争の証拠隠滅である。 占領軍GHQの調査が始まるまえに、焼却を急いだのである。そして、軍関係、裁判所、町村役場、学校、地域では、数日をかけて重要書類を焼却、廃棄した。裁判所でも治安維持法違反事件の判決などを焼却した。

3 軍と秘密警察は解体された
 9月2日米艦ミズーリ号上において重光葵外相が降伏文書に調印した。ポツダム宣言によって軍は解体された。戦後改革の第1は軍の解体であった。アメリカを中心とする連合国は、日本の侵略戦争とファシズムの根源を断つため、まず非軍事化を強力に進めた。
 帝国陸軍と海軍の解体、軍需産業の生産停止、軍国主義者の公職追放、修身・歴史教育の禁止、国家と神道(しんとう)の分離などが進められた。

4 昭和天皇の平和国家宣言
 昭和天皇は、降伏文書調印の2日後9月4日の帝国議会開院式の勅語で「朕は終戦に伴ふ幾多の艱苦を克服し国体の精華を発揮して信義を世界に布き平和国家を確立して人類の文化に寄与せむことを冀ひ」と述べ、戦後日本がめざすべき国家像を「平和国家」だと宣言した。
 この発言は、自らの戦争責任を免れるための占領当局に対するアピールとも受け取れるが、ポツダム宣言に意味を正確に理解したものであったと評価することができるだろう。

5 自由の回復 治安維持法と軍機保護法の廃止と特高警察の解体
 まず、新聞の自由が回復された。連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は、1945年9月24日に「新聞界の政府からの分離に関する覚書」、同9月27日に「新聞および言論の自由に関する追加措置」(ただし29日付)を発し、これにより新聞紙法は事実上失効した。哲学者の三木清が、9月26日に豊多摩刑務所で死亡したことが報道され、GHQは治安維持法違反の政治犯が囚われたままであるという事実に衝撃を受ける。
 しかし、日本政府は自主的には治安維持法の廃止や特高警察の解体などは行わず、1945年10月の段階においても、岩田宙造司法大臣は「司法当局としては、現在のところ政治犯人の釈放の如きは考慮していない」と断言していた。岩田は予防拘禁されている者も含めて釈放の意思はないと外国人記者に言い放っていた。
 フランス人ジャーナリストのロベール・ギランらの努力により、多くの日本共産党員が豊多摩刑務所内の予防拘禁所に拘禁されていることが明らかになった(『東京発特電』)。

6 1945(昭和20)年10月4日には「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」が発せられた
 1945(昭和20)年10月4日、GHQが、自由を抑圧する制度を廃止するよう命じる指令を発した。正式には「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」という。「人権指令」とも呼ばれる。この指令は、思想、信仰、集会及び言論の自由を制限していたあらゆる法令の廃止、内務大臣・特高警察職員ら約4,000名の罷免・解雇、政治犯の即時釈放、特高の廃止などを命じていた。
 東久邇宮内閣はこの指令を実行できないとして、翌5日に総辞職した。つぎの幣原内閣では、この指令に基づき共産党員など政治犯約3,000人を釈放、治安維持法など15の法律・法令を廃止した。
 戦前の法制で廃止するものについて、この指令の中で説明されている。
一、政治的、公民的、宗教的自由に対する制限並に種族、国籍、信教乃至政見を理由とする差別を除去する為日本帝国政府は
a、左の一切の法律、勅令、命令、条例、規則の一切の条項を廃止し且直に其の適用を停止すべし
(一)思想、宗致、集会及言論の自由に対する制限を設定し又は之を維持せんとするもの 天皇、国体及日本帝国政府に関する無制限なる討議を含む
(二)情報の蒐集及公布に関する制限を設定し又は之を維持せんとするもの
(三)其の字句又は其の適用に依り種族、国籍、信教乃至政見を理由として何人かの有利又は不利に不平等なる取扱ひを為すもの
治安維持法・予防拘禁制度と軍機保護法・国防保安法、宗教団体法が廃止された
b、前項aに規定する諸法令は左記を含むも右に限定せられず
(1)治安維持法
(2)思想犯保護観察法 (3)施行令
(4)保護観察所官制
(5)予防拘禁手続令(6)予防拘禁処遇令
(7)国防保安法 (8)施行令
(9)治安維持法の下に於ける弁護士指定規程
(10)軍用資源秘密保護法 (11)施行令(12)施行規則
(13)軍機保護法 (14)施行規則
(15)宗教団体法
(16)前記法律を改正、補足若くは執行するための一切の法律、勅令、命令、条例及規則

7 GHQ 5大改革指令のトップは秘密警察の解体であった
 1945年10月11日、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは当時の首相幣原喜重郎に対し、五大改革指令を命じた。秘密警察の廃止/労働組合の結成奨励/婦人解放(家父長制の廃止)/学校教育の自由化/経済の民主化(財閥の解体、農地の解放)などが含まれた。特高警察の解体こそが、戦後史の要だったことがわかる。公安警察のトップであった北村滋氏が内閣情報官から国家安全保障局長にまで登り詰めたことは、歴史を逆行させる重大な意義を持っている。

第3 日本国憲法制定の経緯
1 憲法問題調査委員会の時代錯誤

 10月25日 憲法問題調査委員会が設置された。委員長松本であった。11月22日 には近衛文麿が「帝国憲法改正要綱」を天皇に上奏した。11月29日には米統合参謀本部がマッカーサーに天皇の戦争犯罪について調査を指示した。12月6日にはGHQが近衛を戦犯に指名。近衛は服毒自殺(16日)した。12月8日 松本国務大臣は衆院で憲法改正4原則を示した。天皇統治権は不変/議会の議決事項拡大/国務大臣の責任拡大/人民の自由・権利を拡大が4原則である。

2 松本案は閣議決定されていない。GHQ案の受け入れは閣議決定された。
 1946年1月1日には天皇神格否定・人間宣言を行った。1月19日にはマッカーサーが極東軍事裁判所憲章を承認とその設置を命令した。1月24日には幣原・マッカーサー会談がもたれ、天皇制の維持と戦争の放棄を幣原から提案したとされる。異論はあるが、ほぼ定説といえる。1月26日には、松本烝治国務大臣が松本甲案を閣議に提出したが、閣議決定とならなかった。
 2月3日には、マッカーサーが、GHQホイットニー民政局長に憲法改正三原則を示した。
① 天皇は国の最高位の地位にある。
② 国権の発動たる戦争は廃止する。日本は自己の防衛と保護を世界を動かし筒ある崇高な理想に委ねる。陸海軍は将来も与えられることなく、交戦権も与えられない。
③ 日本の封建制度は廃止される。予算はイギリスの制度に倣う。
 2月8日 松本は閣議決定を経ないままGHQに「憲法改正要綱」を提出した。2月13日 GHQは松本案を拒否し、GHQ案を手交した。2月19日 松本委員長が閣議でGHQ案を手交されたことを説明した。2月21日 幣原・マッカーサー会談(3時間)「戦争を放棄してフォロワーがいるか?」などと議論したとされる。2月22日 松本、吉田、白洲がホイットニーと会談(1時間半)し、幣原は吉田、棚橋とともに天皇に拝謁、天皇はGHQ案を支持、午後閣議でGHQ案の受け入れを決定した。

3 日本政府とGHQの協議でまとめられた改正要綱
 3月4日 松本国務大臣、入江俊郎法制局次長、佐藤達夫法制局第1部長らが、GHQ案を参考に日本案を作成し、GHQに提出した。その審議は30時間に及んだ。3月6日 憲法改正要綱が発表され、同時に天皇の勅語、幣原首相の談話、マッカーサーの声明が付されていた。
 4月10日 衆議院総選挙が婦人参政権のもとでの初の選挙がなされた。4月17日 作家の山本有三らの要望により、憲法改正要綱は口語化されて公表された。4月26日 2月末に、極東委員会の密命を帯びて来日していたコールグローブGHQ憲法問題担当政治顧問は、極東委員会議長に対して、日本でマッカーサーの評価は高く、国民は憲法案を支持していると書簡を発した。5月3日には東京裁判が開廷された。5月13日 極東委員会憲法採択の三原則を示す(十分な審議時間、明治憲法との法的な継続性、国民の自由な意思表明)。
 5月22日 第一次吉田内閣が発足し、憲法担当大臣として金森徳次郎が任命された。

4 帝国議会の憲法審議で9条と25条が改正されている。
 6月21日にはマッカーサーは憲法審議に十分な時間を与えると声明した。6月28日 憲法改正草案は衆議院本会議から特別委員会(委員長芦田均)に付託された。7月25日 特別委員会の下に小委員会(委員長芦田均)を秘密会として組織して審議を継続した。
 8月1日には、9条、25条を修正した。9条2項に「前項の目的を達するため」を挿入(芦田提案)1項に「国際平和を誠実に希求し」を挿入(鈴木義雄提案)した。25条1項に生存権を付加(森戸辰男提案)した。
 8月24日 衆院で帝国憲法改正案を修正可決し、10月6日 貴族院で帝国憲法改正案を可決(9月23日GHQの要請で66条2項に文民条項を加えるよう要求、衆院で9月23日再修正)した。10月7日 日本国憲法帝国議会を通過し、11月3日 日本国憲法は公布された。

5 日本国憲法の施行 ほとんどの日本国民は、日本国憲法、そして戦争放棄を熱烈に支持した
 12月1日 憲法普及会が設立され、1947年2月15日憲法普及会は国家公務員700人を東大に集めて研修会を開催した。5月3日日本国憲法が施行され、皇居前広場で記念式典がもたれ、「われらの日本」が歌われる。憲法普及会の小冊子『新しい憲法 明るい生活』が2000万部配布された。

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「戦争は人間をほろぼすことです
 戰爭の放棄
 みなさんの中には、こんどの戰爭に、おとうさんやにいさんを送りだされた人も多いでしょう。ごぶじにおかえりになったでしょうか。それともとう/\おかえりにならなかったでしょうか。また、くうしゅうで、家やうちの人を、なくされた人も多いでしょう。いまやっと戰爭はおわりました。二度とこんなおそろしい、かなしい思いをしたくないと思いませんか。こんな戰爭をして、日本の國はどんな利益があったでしょうか。何もありません。たゞ、おそろしい、かなしいことが、たくさんおこっただけではありませんか。
戰爭は人間をほろぼすことです。世の中のよいものをこわすことです。だから、こんどの戰爭をしかけた國には、大きな責任があるといわなければなりません。このまえの世界戰爭のあとでも、もう戰爭は二度とやるまいと、多くの國々ではいろ/\考えましたが、またこんな大戰爭をおこしてしまったのは、まことに残念なことではありませんか。

9条は戦争の惨禍から生まれた日本国民の平和の誓い
そこでこんどの憲法では、日本の國が、けっして二度と戰爭をしないように、二つのことをきめました。その一つは、兵隊も軍艦も飛行機も、およそ戰爭をするためのものは、いっさいもたないということです。これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戰力の放棄といいます。「放棄」とは「すててしまう」ということです。しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの國よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません。
もう一つは、よその國と爭いごとがおこったとき、けっして戰爭によって、相手をまかして、じぶんのいいぶんをとおそうとしないということをきめたのです。おだやかにそうだんをして、きまりをつけようというのです。なぜならば、いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。また、戰爭とまでゆかずとも、國の力で、相手をおどすようなことは、いっさいしないことにきめたのです。これを戰爭の放棄というのです。そうしてよその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。
みなさん、あのおそろしい戰爭が、二度とおこらないように、また戰爭を二度とおこさないようにいたしましょう。」

第4 日本国憲法は押し付けられたものではない
1  日本国憲法は押し付けられたものではない

1945-7 日本国憲法の制定と施行過程からわかることは、日本国憲法は押し付けられたものではないということである。

2  松本試案は閣議でも決定されて折らず、正規の日本政府案ではない

松本試案は、明治憲法の焼き直しでしかなく、ポツダム宣言を受諾した意味を正確に理解したものでなかった。閣議でも決定されて折らず、正規の日本政府案ではない。

3  憲法改正草案はGHQと日本政府の協議によって作られた

GHQは世界の進んだ憲法制度を公平に取り入れようとし、また日本側と十分に協議して憲法案が作成された。

4  9条戦争の放棄は保守層を含めて国民の意思に沿い、軍が解体された現実に適合したものだった。

 9条戦争の放棄は、日本国民の総意が戦争は二度とごめんだという気持ちであり、軍が解体されていた現実に合わせたものと考えられ、理想を追い求めただけでなく、現実的な根拠があった。
 ただ、この意識は戦争に対する被害者意識を主とし、加害責任の自覚に立ったものではなかったという弱点があった。
また、憲法制定の経過には、同じ占領下であったにもかかわらず、沖縄の代表の参加が認められていないという問題があった。
 戦争放棄がマッカーサーから指示されたものか、幣原首相の発案かは判然としないが、日本の政治家は、幣原だけでなく、吉田、芦田ら保守勢力も含めてこの考え方に賛成した。帝国議会で改正案に反対票を投じたのは共産党だけである。

5  帝国議会でも、憲法改正案は日本側の意見を容れて修正されている。

 憲法の原案はGHQが作成したものであるが、9条の文言の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し 」や生存権の規定などは日本の議会で修正されたものであり、押しつけ憲法という批判は事実とは異なるのである。



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2019年10月14日

CODE46 監視社会の中で人は愛し合えるか?

CODE46 
  
監視社会の中で人は愛し合えるか?

                       海渡雄一
code46

(この映画評には映画のプロットが記されていますので、ご注意ください。)

 

「外」と「内」に分断される世界

この映画は、マイケル・ウィンターボトム監督が、監視社会の非人間性をSFの形で描いた傑作である。

舞台は、近未来の上海である。「内」には摩天楼がそびえ立ち、文字通りの未来世界である。しかし、周辺地域「外」は、中世の中国のままの貧しい世界が拡がっている。「外」から「内」に入るには、「パペル」と呼ばれる滞在許可証が必要である。ヒロインのマリアは、この「パペル」製造工場で働いている。

この世界では、クローン技術が進展し、遺伝子管理が究極まで厳格化されている。CODE 46により、100パーセント、50パーセント、25パーセント同一の遺伝子を持つもの同士の婚姻は禁じられ、計画外の妊娠はチェックされ、同一遺伝子同士の胎児は強制的に中絶される。故意のCODE 46違反の妊娠は重大な犯罪である。劇中でも、結婚する予定のカップルが遺伝子の検査に訪れて、「結婚可能」の判定を受けるシーンが描かれる。

 

違法パペル調査員の男と違法パペル偽造者の女の出会い

ウィリアム・ゲルド(ティム・ロビンス)は、セキュリティ会社ウェスターフィールド社の調査官である。スフィンクス社で製造されている滞在許可証『パペル』の偽造の調査のため、近未来の上海を訪れる。ゲルドは、『共鳴ウイルス』を体内に保持していて、他人が考えていることを読み取る能力を持っている。そして、シアトルで、妻、息子と共に「幸せ」に暮らしている。

 一方、マリア・ゴンザレス(サマンサ・モートン)は、スフィンクス社のパペル製造部門で働く女性である。しかし、違法パペルを作り、これを、自由を求めて海外出国を望む人々に渡している。マリアは、『外』と呼ばれる地区の出身で、若い頃に両親と別れている。

調査官のウィリアムは、違法パペルの偽造について調べるため、上海に出張する。都心に入るためには都市の『内』と『外』を隔てる検問所を通らなければならない。『内』と『外』での暮らしには天地ほどの差がある。検問所周辺には「内」に入るためのパペルを手に入れようとする人々が、旅行者に近づいて集まっている。上海に入る検問所で、ウィリアムは物売りの一人の男性からパペルをくれと要求される。

スフィンクス社で働くマリアは、毎年の誕生日に、決まって同じ夢を見る。夢の中で、マリアは電車に乗っており、毎年一駅ずつ通過し、今年は終点に辿り着くことになる。夢の結末を恐れるマリアは、誕生日の今夜は眠らないでいようと決心する。

ウィリアムは、違法パペルの調査に訪れたスフィンクス社のゲートで、マリアと出会い頭にぶつかりそうになる。

 

マリアが犯人であることを見抜きながら見逃すウィリアム

ウィリアムは、社長のバックランドから違法パペル偽造の容疑者リストを受け取る。ウィリアムは数人の容疑者を次々に聴取し、その中からマリアが犯人だと見抜く。しかし、マリアに惹かれていたウィリアムは社長に犯人はマリアではないと報告する。

スフィンクス社から家に帰る途中マリアは、尾行するウィリアムに気付いて近づき、「私を監視してるの」「私に気があるの」と声をかける。ふたりは中華料理屋で食事する。「なぜ、盗んだ」と聞くウィリアム。「お金のため、なぜ私のために嘘をついたの」と返すマリア、二人の距離はみるみるうちに近づいていく。

 

越境する自由の輝き

一緒に食事をとったあと、マリアはウィリアムを連れてクラブへ行く。この場末のクラブでは、クラッシュのミックジョーンズ(本物です ! )が「Stay or Go」を歌っているところで、ウィリアムの見ている目の前でマリアは知人のデミアンに違法パペルを手渡す。「これで旅立てる。デリーで最高のコウモリを見るんだ」と明るく話すデミアン。

ここで、マリアは、違法パペルを飲み込んで外に持ち出すやり方までをウィリアムに教える。ウィリアムは、マリアを自宅まで送る。マリアは自宅にウィリアムを招き入れる。マリアの家にはたくさんの植物が育てられていた。マリアはウィリアムに父母や今まで違法パペルを渡した人々の動画のアルバムを見せる。そして、彼らの顔が好きだという。まさに違法パペルを手にして旅立つ彼らの顔は「自由」に輝いているからだ。そして、マリアは、ウィリアムが彼らに少し似ているという。

マリアがうたた寝をしている間、ウィリアムは一枚の違法パペルを発見して入手する。目覚めたマリアはウィリアムにキスをし、二人は愛し合う。マリアの自然な表情がこのうえなく美しい。

翌朝、パペルの密売は良くないと責めるウィリアムに対して、マリアは「あなたは「外」で生活したことがあるか?」と問う。言い返せないウィリアム。

 この映画は「自由」について描いた映画であるが、サマンサ・モートンという中性的な希有な「自由の象徴」のような存在がなければ、全く説得力を持たなかっただろう。

翌朝、滞在パペルの失効が迫り、ウィリアムは別れを悲しむマリアと別れて空港へ向かう。検閲所で、ウィリアムは昨日会った物売りの男性に違法パペルを与える。彼に「自由」を与えるために。

 

記憶を消されたマリアと再会するウィリアム

シアトルに戻ったウィリアムは、マリアに連絡を取り続けるが、マリアからは何の返答もない。そんなある日、コウモリ研究家のデミアンがデリーで感染症にかかって死亡したとの報告がウェスターフィールド社に届き、上司からこの件の調査を命じられる。ウィリアムはいったんは断るが、再び上海へ赴くこととなる。

ウィリアムは、スフィンクス社を訪ねるが、マリアが休職していると知らされる。ウィリアムはマリアの自宅を訪れるが、マリアはいない。マリアが『マオ・リン・クリニック』に予定を入れていたことを突き止める。

クリニックを訪ねたウィリアムは、担当者にマリアのことを尋ねるが機密事項だとして何も答えない。しかし、担当者の心を読んで、マリアが妊娠し、CODE46に抵触したために『外』の病院に移送されたことを知る。

ウィリアムは『外』の病院へ行き、厳重な監視のもと、マリアと面会する。マリアはウィリアムのことを覚えておらず、デミアンのことも、違法パペルについても覚えていない。CODE46に従い、マリアは強制的に中絶手術を施され、今回の妊娠の相手と妊娠の記憶を全て消されていたのである。

 

記憶を取り戻すマリア、運命から逃げようとするウィリアム

ウィリアムは、マリアの身元を引き受け、マリアの自宅へ連れ帰る。ウィリアムは、マリアにデミアンの動画を見せる。その動画にはウィリアムも写っている。マリアは以前にウィリアムと出会っていたことを知る。

マリアが眠っている間、ウィリアムは遺伝子鑑定所へ行き、マリアの髪から採取した遺伝子と自分のものを照合する。マリアのDNAはウィリアムの母親のDNAと全く同じで、マリアは母親のクローンであることが判明する。遺伝子学上、マリアはウィリアムの母か母の姉妹ということになり、二人の関係はCODE46の重大な違反となる。ショックを受けたウィリアムは、マリアに黙って帰国しようと空港へ向かう。しかし、何故かウィリアムの滞在パペルの有効期限が切れているため出国できない。

 

運命の逃避行

ウィリアムはマリアのもとへ戻り、助けを請う。以前に検閲所で男性に渡した違法パペルが原因で、ウィリアムは出国を制限されたのである。スフィンクス社に出勤したマリアは、出国専用の違法パペルを入手して、シアトルに帰ろうとするウィリアムが待機する空港へ向かう電車の中で、マリアは誕生日の夢の結末に気付く。マリアとウィリアムの出会いは、避けることのできない運命だったということを。

マリアは、ウィリアムに違法パペルを手渡し、「あなたのことを思い出したわ」と告げる。ウィリアムは妻と息子の待つシアトルに戻るのをやめ、運命に身を委ねて、マリアとともにマリアの生まれ故郷である中東の街ジュベル・アリへと出発する。

 

監視テクノロジーに遮られる愛

『外』にあたるジュベル・アリで、マリアとウィリアムは運河を船で旅し、街中のホテルで愛し合おうとする。

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 しかし、マリアに投与されているウィルスのために二人はキスしようとしても拒否反応が起きてしまう。マリアの手足をベッドに縛り付け、ようやく二人は愛し合うが、翌朝、目を覚ましたマリアは、ウィルスの作用で、無意識のまま自分達のCODE46違反を通報してしまう。ウィリアムは全財産をはたいて、中古車を入手し、マリアを連れて砂漠へと逃げる。ラクダの群れを避けようとして、砂漠で車が横転し、二人は当局によって逮捕されてしまう。

ウィリアムは、マリアについての一切の記憶を消去され、シアトルに送り返される。病院で妻のシンディーと息子に迎えられ、ウィリアムは上海で仕事中に交通事故を起こしたという記憶だけを作られて、「平和な」家庭へと帰りつく。

映画の最後、マリアの記憶を消されたウィリアムはシアトルの快適な家のベッドで、妻と「愛」しあう。マリアは、『外』へ追放され、砂漠をさまよいながら、「I miss you」とつぶやく。なんと悲しい結末だろう。

 

監視社会に抑圧される自由の輝きの一瞬

 この映画は、世界が豊かな先進社会と貧しい第三世界にますます格差を広げ、監視社会の度合いを強めている現代世界の救いがたい非人間性を描いた映画ではあるが、他方で、人が人を愛すること、そして自由の貴重さと輝きを描いた映画であるともいえる。サマンサ・モートンとティム・ロビンスという希有な才能が、自由が制約されればされるほど、どんなささやかな自由も限りなく貴重なものとして輝きを増すことを、切ないほどリアルに描いた。

また、映画の中で、違法パペルを取得して自由を獲得した人々の多くが、ウィルスに感染して死亡する。このことは、自由は「危険」を内包していることの寓意だろう。「安全」を追い求めることは、人々に自由を放棄させる。危険と同居する自由を求めるか、安全の名の下に自由を放棄するかを、私達の生き方を映画は問いかけているのである。

私たち人間は自由であり、危険な世界の中で、互いに傷付きながら、絆を結び、意味のある人生を生きようとする存在なのだ。映画の後半で、マリアは「なにかがなくなっている」と、家の中を探し回るシーンがある。マリアは、ウィリアムとの愛を、そして自由そのものを探していたのだろう。私たちも、現代社会の中で何を失っているのか、考えるきっかけを与えてくれる映画である。

 

2003

監督:マイケル・ウィンターボトム
キャスト:サマンサ・モートン、ティム・ロビンス、ジャンヌ・バリバール、オム・プリ

 



yuichikaidoblog at 11:28|PermalinkComments(0)監視社会 | 監獄

2019年10月13日

「人質司法」は、いまや日本の文化 ? ゴーン事件を契機に、まずはみずからの人権状況を知ることから始めよう

「人質司法」は、いまや日本の文化 ?

ゴーン事件を契機に、まずはみずからの人権状況を知ることから始めよう

 

海渡雄一(弁護士)

 

カルロスゴーン事件が世界に与えた衝撃

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 3月5日、東京地裁の保釈決定で保釈されたカルロス・ゴーン氏は、再び別件で逮捕された。

ゴーン氏は、日産自動車の資金5億円超をオマーン経由で自身に還流させて会社に損害を与えたとして、会社法違反(特別背任)で追起訴された。

ゴーン氏は、4月25日に再保釈されたが、保釈条件には妻キャロルさんとの接触制限も付いたとされる。

これらの事件を契機として、日本の刑事拘禁制度に国際的な注目が集まっている。本稿は、カルロス・ゴーン事件の罪に問われている事件の内容について論評するものではない。そもそも人質司法とはどういった問題なのか、なぜこのような制度が温存されてきたのか、それを支える世論はどのようしてつくられたのか、それを変える力はどこにあるのかについて考えてみたい。

 

海外メディアは、なにを問題にしているのか

 

 ゴーン氏は、まず、昨年1119日に金融商品取引法違反容疑で東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所に拘置された。1210日には起訴された。同じ日、同一の被疑事実の別件の容疑で再逮捕されている。この件では、検察官の勾留延長申請が1220日に却下された。さらに翌21日には特別背任容疑で再々逮捕され、今年1月11日に起訴された。

 その後、ゴーン氏は二度にわたり、保釈申請したが、1月15日と1月22日の2回にわたり保釈請求が却下され、東京拘置所における拘置が継続されてきた。2月28日に3度目の保釈請求がなされ、3月5日に保釈が許可され、検察官による準抗告も棄却され、6日に、ゴーン氏は自由の拘束を解かれ、保釈された。

ただ、この保釈には10億円の保証金を積むほか、監視カメラの設置、海外渡航禁止、パソコンや携帯電話の使用制限などのきびしい条件が課されていたという。4月4日には、再度東京地検によって特別背任の別件で逮捕され、再保釈されたことは前述した。

 多くの海外のメディアは、ゴーン氏に対する保釈が認められず、このような長期の拘置がなされ、取調べが継続されてきたこと、取調べに弁護人の立ち会いが認められていないことなどを取り上げ、日本の捜査実務が、確立した国際人権基準に反すると主張している。したがって今回の事件は、ゴーン氏個人の問題だけでなく、日本全体の問題としても論じられているのである。

 

国際人権基準と乖離する日本の刑事司法

 

 カルロス・ゴーン事件は東京地検特捜部の捜査にかかる事件であり、警察捜査にかかる事件ではない。ゴーン氏は代用監獄・警察留置場には収容されていない。収容されてきたのは法務省が管理する東京拘置所である。しかし、起訴前の保釈の不在、保釈拒否理由としての「罪証隠滅」の問題、取調べが一つの事件について23日間(勾留延長された場合)継続され、その間捜査機関の取調べがつづくこと、事件を細分化して再逮捕をくり返せば、さらに長期間身柄の拘束が延長されること、取調べに弁護人が立ち会えないことなどは、えん罪の温床として、国際人権機関からくり返し改善が求められてきたことと共通している。問題点を整理してみよう。

 

長すぎる捜査機関の取調べ期間と取調時間

 

 自由権規約9条3項は、「刑事上の罪に問われて逮捕され又は抑留された者は、裁判官又は司法権を行使することが法律によって認められている他の官憲の面前に速やかに連れて行かれる」と定めている。この規定は、捜査機関が被疑者に対して強制的に取調べ可能な勾留期間は逮捕後2448時間に限定したものと解釈されている。じっさいに取調べがなされるのは数時間までが一般的である。それに対して、日本では23日間×事件数の期間、取調べが継続され、1日の取調時間は朝から晩まで長時間つづく。このような制度は国際的に類似例を見つけることが困難であり、極めて異例なものである。

 1980年代に代用監獄制度が国際的に非難された際に、日本政府は類似の捜査実務が、ハンガリー、フィンランド、韓国の国家保安法違反事件捜査、イギリスのテロ事件捜査にも見られると反論していた。しかし、これらの類似例は国際機関による勧告により順次改善され、数十日も捜査機関による取調べがつづくような制度は世界から一掃されてきた。おそらく日本だけに残っていると考えられる。欧米でも、被疑者が拘置所に行ってから捜査機関による取調べが行われることがまったくないわけではないが、それは、捜査官による面会(任意取調べ)として位置づけられ、被疑者には捜査官と会わない自由が保障されている。

 

逃走の恐れのない事件は、重大事件でも逮捕の数日後に保釈されるのが国際スタンダード

 

 自由権規約の9条3項は「裁判に付される者を抑留することが原則であってはなら」ないと定めている。裁判所に事件が送致された後は、裁判所が保釈(条件付き釈放)することができるのが、自由権規約9条3項の要求する国際水準である。自由の拘束を継続する根拠は裁判への出頭の確保、すなわち逃走の防止に限定されなければならない。

 

取調べに対する弁護人立ち会いの否定

 

 自由権規約14条3項(b)は「防御の準備のために十分な時間及び便益を与えられ並びに自ら選任する弁護人と連絡すること」と定めている。この規定は捜査の全過程において、弁護人の援助を受けられるようにすることを保障している。日本の実務において行われている異常な長期間・長時間の取調べを前提とすると、その全部に立ち会うことは絶望的とも考えられるが、国際的には、1人の被疑者について、取調べの平均時間は数時間が平均的な実務であり、接見のため23日間にわたって何度も警察に訪問している日本の弁護実務からすると、取調べの期間、時間が国際基準に沿って限定されれば、弁護人の取調べでの立ち会いは十分可能である。

 

全面的な証拠開示がなされていない

 

 自由権規約14条3項(b)の定めている刑事上の罪の決定についての「十分な時間及び便益」は、捜査機関が収集したすべての証拠に対して、弁護人にアクセスする権利を保障することを求めていると解釈されている。捜査機関の手持ちの証拠に対する全面的な証拠開示は、アメリカだけでなく、ヨーロッパ人権裁判所、自由権規約委員会などによっても認められてきた。日本における証拠開示は、公判前整理に付された事件について、類型証拠、争点関連証拠に限って行われている。控訴審や再審では、裁判所の職権行使に依存する証拠開示手続きしか存在しない。

 

取調べのもつ意味を変えなければならない

 

 歴史をさかのぼれば、ヨーロッパの国々でも拷問によって自白を獲得することが正式の捜査手続きとなっていた時代もあった。しかし今日、そのような考えは清算され、国際人権基準において、取調べにあたっては、逮捕時点における被疑者の弁解内容を記録しておくことであり、否認しているものを長時間取調べて、自白させるような取り扱いは否定されている。

 日本においては、捜査機関による取調は、真実をあきらかにする、罪を認めさせて反省させるための手続きであると考えられている。2005年に愛媛県警でつくられた取調べ要領には「調べ室に入ったら自供させるまで出るな」「否認被疑者は朝から晩まで調べ室に出して調べよ。被疑者を弱らせる意味もある」などと記載されている。この資料の存在については、警察も認めている。ゴーン事件で海外のメディアから問われていることの根源もここにある。このような取調べの位置づけを根本から変えなければならないのである。

 

解決のチャンスだった村木事件と検察証拠改ざん事件

 

 日弁連は政府による拘禁二法案の提案以来約40年にわたって、代用監獄の廃止、取調べ期間・時間の制約、取調べの可視化、起訴前の保釈制度の導入、弁護人の取調への立ち会いなどを求めてきた。しかし、2006年の監獄法改正時にもこの課題は実現できなかった。

 09年7月には元厚生労働省の村木厚子氏が逮捕され、10年9月に村木氏に対する無罪判決が下された。同時に朝日新聞が検察による証拠改ざんを公表した。1010月には検察の在り方検討会議が発足し、刑事手続きの改革の気運が高まった。11年には法務省の法制審議会に「新時代の刑事司法制度特別部会」が設けられ、14年にその答申がなされた。

 この答申により、取調べの可視化の進展、証拠リストの開示、国選弁護の拡大、公判前整理手続きの申立権などの一定の改革・改善は勝ち取られた。他方で通信傍受の対象犯罪の拡大と手続の柔軟化、ゴーン事件にも使われた司法取引の導入など、捜査機関側の権限も大幅に拡大された。そして、起訴前保釈や罪証隠滅を理由として保釈を拒否できる実務の改善、弁護人の取調べへの立ち会い、捜査機関が収集した証拠の全面開示などの改革課題は積み残しとなってしまったのである。

 

2019年10月徳島人権大会で問われた、日本の刑事司法の後進性

2019年10月徳島市で開催された日弁連の第62回人権擁護大会で、提案されていた三本の宣言と決議が採択された。

・「弁護人の援助を受ける権利の確立を求める宣言」
     取調べ立会いが刑事司法を変える
・個人通報制度の導入と国内人権機関の設置を求める決議

・えん罪被害者を一刻も早く救済するために再審法の速やかな改正を求める決議

の三本の宣言と決議である。私も、もちろんすべての宣言・決議に賛成したが、 ここで問われている刑事弁護の実質化、国際人権保障システムの確立、再審法改正は、日本で速やかに求められている刑事司法・刑事拘禁制度の改革を求める意見だ。

 弁護人が取り調べに立ち会うということは、欧米や韓国でも実現している。弁護人が依頼者である被疑者の取調に同席してアドバイスできることは、弁護士のあり方としても当然である。そして、この課題は、本校でも述べた、取り調べ受忍義務の否定、黙秘権の行使の実質化、取り調べ期間・時間の制限、起訴前の保釈の実現、代用監獄の廃止などの課題についても同時に取り組む必要がある。

 国際人権保障をめぐるシンポジウムでは、ヘイトスピーチの深刻な被害、入管収容の長期化、子どもに対する虐待・いじめなどの深刻な人権侵害について、今の制度だけでは対応できていないことが報告された。

 大崎事件の最高裁決定は、再審開始決定に対して、検察官抗告を認める制度の理不尽さを改めて浮き彫りにした。裁判が終わっているのに、証拠がなかなか開示されないことも、法制度の不備といえる。

この写真は昨日の3日のシンポジウムでのえん罪犠牲者・家族の東住吉事件の青木恵子さん、湖東病院事件の西山美香さん、布川事件の桜井昌司さん、足利事件の菅谷利和さん、袴田事件の袴田巌さんを支えた姉袴田秀子さんである。

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えん罪が一人の人間のかけがえのない人生を破壊してしまう恐ろしい人権侵害であることが明らかにされた。私もいくつかの再審請求事件にかかわっている。再審法については、再審請求手続きにおける全面的な証拠開示と再審開始決定に対する検察官による不服申し立ての禁止を求める決議が採択された。これらの決議の実現は、どれも待ったなしの課題である。

 

問われているのは、日本国民全体の人権である

 

 主要マスメディアには報道されないが、全日建連帯関西生コン支部の役員と組合員60人以上が、争議行為やコンプライアンスを理由に威力業務妨害などの罪に問われた。中には1年以上も長期に勾留されている組合役員もいる。

 「ゴーン氏だけを特別扱いをするわけにはいかない」「日本には日本のやり方がある。文化の差」といった意見があるが、日本の刑事手続のもとでは今後もえん罪の発生は避けられない。日本国民に対する人権侵害を防止するためには、刑事司法制度そのものを改革するしかない。カルロス・ゴーン事件は日本の刑事司法・刑事拘禁者に対する処遇が国際人権基準から見て容認できないほど、時代遅れとなっていることをあらためて浮かび上がらせた。まず、このことを多くの国民が知る必要がある。この問題は法律家などの専門家だけでは解決できない。1人でも多くの国民が、みずからの人権状況の真実を知ることが、改革の出発点となるだろう。



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王様化する最高裁に対する事実と法論理による反撃

王様化する最高裁に対する事実と法論理による反撃

岡口基一裁判官著『最高裁に告ぐ』書評
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1 分限裁判から裁判官訴追請求の対象に

最高裁による分限裁判で戒告処分とされた岡口裁判官が最高裁への批判の書を岩波書店から出版した。岡口裁判官は、厳重注意、分限裁判に引き続いて、国会の訴追委員会からも喚問を受けるという事態となっている。弾劾裁判で罷免された裁判官は少なくとも5年間、法曹資格も失い、資格回復の裁判で認められない限り弁護士登録することもできないのである。つまり、岡口裁判官は、法律家として仕事を続けられるかどうかの岐路にまで追い詰められている。

そんな厳しい状況の中で書かれたにもかかわらず、この本は、とても明るく、おもしろい。一般市民が読んでも、法律家が読んでもおもしろいだろうと思う。岡口裁判官自身が、この本のできた経過を次のようにブログにまとめている。

 「最高裁に告ぐ」の最初の原稿は、ただの岡口分限決定の論点解説でした。

しかし、担当者との時間をかけたキャッチボールの中で、最初の原稿は、わずか10分の1程度にまで凝縮され、全く違う内容の本になりました(^_^)

前半はノンフィクションならではのドキュメンタリー、後半は話をどんどん掘り下げて、司法の問題点を探る内容に。

作品って、こうやって、担当者との共同作業で創作するんですね(^_^)。初めて理解しました。」

 もちろん、裁判所内部の陰湿ないじめというべき前半も興味深いが、特に、私にとっては、後半の司法の現状の批評が興味深かった。 

2 自らの分限裁判への体験に即して

岡口裁判官が、自らの経験した厳重注意と分限裁判の過程をあくまで客観的にレポートした部分が半分程度に及ぶ。第1部が前史、第2部の分限裁判が、それに当たる。第3部が「変貌する最高裁、揺らぐ裁判所」、第4部が「司法の民主的コントロールは可能か?」という構成となっており、後半は司法のあり方に対する批判となっている。

 岡口裁判官は、司法と裁判のあり方についてツイッターでの発言を続けてきた。そのツイッターの中で、岡口裁判官は、非論理的な司法判断、政府に迎合するような司法判断、たとえば沖縄の基地問題をめぐる司法判断や原発の稼働を安易に認めるような決定に対して、鋭い批判を展開してきた。

裁判官自らが「同僚としての批評」(ピア・レビュー)として裁判批判を展開してきたのである。このような言論活動は、海外では珍しくない。日本では珍しく、司法判断を市民が検証する上で、大変有用であり、とても貴重な発信であった。私も含めて、多くの市民が、岡口裁判官のツイッターをフォローしてきた。そのツイッターが、なぜかロックされて読めなくなっているのは、残念である。

 裁判所が問題としたツイートは次のようなものであった。1件は,女性が性犯罪に巻き込まれ殺害された刑事訴訟の判決が掲載された裁判所のホームページ(裁判所の内規に反して誤って掲載されたもの)のリンクを貼り付けた上で,「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に,無残にも殺害されてしまった17歳の女性」とコメントしたツイートである。このツイートに対しては,東京高等裁判所長官から厳重注意がなされただけでなく、裁判官訴追委員会でも問題とされている。

しかし,誤って本来公表すべきでない判決を公表してしまったのは裁判所のミスであり,同裁判官はこれを引用してコメントしただけなのである。被害者遺族の感情への配慮が足りなかった部分はあるかもしれないが、訴追の対象とされるような「職務上の義務に著しく違反し、又は職務を甚だしく怠つたとき。」とか、「職務の内外を問わず、裁判官としての威信を著しく失うべき非行があつたとき。」とは到底考えられない。

もうひとつは,犬の所有権が争われた興味深い民事訴訟の判決について,「公園に放置されていた犬を保護し育てていたら,3カ月くらいたって,もとの飼い主が名乗り出てきて,『返してください』」「え?あなた?この犬を捨てたんでしょ?3カ月も放置しておきながら…」「裁判の結果は…」と記載した上で,ヤフーニュースの判決報道記事のリンクを貼り付けたツイートである。このツイートについては,最高裁判所の分限裁判を経て,戒告がなされた。
 
決定は、「本件ツイートには、上記飼い主が訴訟を提起するに至った事情を含む上記訴訟の事実関係や上記飼い主側の事情について言及するところはなく、 上記飼い主の主張について被申立人がどのように検討したかに関しても何ら示されていない。」とし、このツイートは、裁判官が、その職務を行うについて、表面的かつ一方的な情報や理解のみに基づき予断をもって判断をするのではないかという疑念を国民に与えるとともに」、「当該原告の感情を傷つけるものであり」、「裁判官に対する国民の信頼を損ね、また裁判の公正を疑わせるものでもある」と判示している。

しかし、ツイートする場合には、140文字という厳しい字数制限があるのだ。訴訟の事実関係や上記飼い主側の事情について言及することなど、最初から不可能である。最高裁の裁判官は、ツイッターという表現手段の根本的な制約を理解していないように見える。このツイートは判決内容を詳しく紹介したウェブサイト(ヤフーニュース)上の報道記事を引用している。だから、ワンクリックして、こちらを読めば、事実関係や飼い主側の事情もわかり、訴訟が飼い主側の勝訴となったことがわかる仕組みとなっている。

要するに、岡口裁判官は、一つの興味深い民事判決の判示内容を広く市民に知らせようとしただけであり、判決に関するヤフーニュースの記事の予告編を書いただけなのである。本書では、このような厳重注意と戒告の処分が、どのような手続きで進められたのか、当事者である岡口裁判官には十分な弁明の機会が与えられなかったことが克明に描かれている。とりわけ、林道晴東京高裁所長が、岡口裁判官に「ツイッター自体を辞めろ」と迫っていたことがわかる。 

3 裁判官の表現の自由の限界

裁判官が、市民として、表現の自由をもっていることは当然である。もちろん、裁判官ではなくとも、人の名誉を毀損するような表現をするこの自由はないし、裁判官の職責から、その自由は一定の制限を受ける。たとえば、裁判官が自らが現在担当している事件について、裁判外で意見を述べるようなことは原則として、認められない。しかし、ヨーロッパ人権裁判所の最新の判決例の中には、裁判官の独立が侵害されようとしている特殊な状況の下では、自らの担当事件について報道機関にコメントするようなことも認められるとした例もある(WebRonza 海渡雄一「裁判官の市民的自由の保障こそ司法の独立の基礎だ」2018年10月27日 に掲載したロシアのクデシュキナ判事に関する判例がそれである。)
https://webronza.asahi.com/national/articles/2018102400003.html
 岡口裁判官は、自らの担当事件には全く言及しておらず、そのツイッターの中には、その職責と矛盾するようなものはない。
 

4 最高裁の王様化が進んでいる

 後半の第3部、第4部があることにより、この著書は厚みを増したといえるだろう。岡口裁判官のような自分の意見をはっきりと持ち、それを臆せず発信する裁判官が、今の司法の中でどんどん減っていて、だからこそ攻撃の対象とされているのだという、司法をめぐる現状が理解できる。
 岡口裁判官は、第3部の冒頭で、最近の最高裁判例のいくつかを取り上げて、具体的に批判している。
 NHK受信料判決、金沢市役所前広場事件、君が代再雇用拒否事件、マンション共用部分不当利得返還請求事件、ハマキョウレックス事件が取り上げられ、現在の最高裁の判断が、現場の裁判官の実務感覚と大きくずれて「王様化」しているのではないかと論じている。

たとえば、君が代再雇用拒否事件(2018年7月19日判決)についての岡口さんの指摘は次のようなものだ。

もともと、最高裁は、11年から12年にかけて、日の丸・君が代訴訟で相次いで判決を言い渡し、起立斉唱の職務命令自体は憲法に反しないとしつつ、「思想・良心の自由の間接的な制約となる面がある」と述べ、戒告を超えて減給や停職などの処分を科すことには慎重な姿勢を示していた。入学式や卒業式で君が代が流れる際、起立せずに戒告などの処分を受けた都立高校の元教職員22人が、それを理由に定年後の再雇用を拒まれたのは違法だと訴えた裁判で、最高裁は、再雇用はいったん退職した人を改めて採用するもので、その決定にあたって何を重視するかは、雇う側の裁量に任されるとして、原告勝訴の高裁判決を逆転敗訴としたのである。都立高では9割の職員が再雇用され、戒告よりも思い減給や停職の処分を受けた者も再雇用されていた。高裁が重視したこのような事実関係をどのように考慮したのか、最高裁は結論を示すだけで、何の判断基準も示していないのである。

そして、このように最高裁の判断が、理由を示さず、唐突に結論だけを示す傾向を「王様化」と指摘しているのである。私たち、在野法曹の感じている違和感に、論理的なすじみちを示した意見といえるだろう。そして、岡口さんは、その原因が最高裁の憲法判断の歴史、その仕事量、さらには裁判官の選任方法の変化に起因するのではないかと論じている。
 さらに、4部では、民事事件の審理にあたる裁判官の能力が全般的に低下していること、それが裁判官養成の過程、とりわけ司法研修所教育の形骸化に原因しているのではないかとも述べている。
 いずれも、裁判所の中にあって、日々裁判の実務を重ねながら思索を深めてきた裁判官でなければ論ずることのできない貴重な意見である。
 

5 司法までが政権にひれ伏すようになれば、民主政治は回復できなくなるだろう
 今の日本の司法は、自らの官僚主義と、政府からの圧力によって、市民の人権を保障するという機能が劣化しているようにみえる。このような危機に立つ司法にとって、岡口裁判官は、その危機の進行を組織の中から我々に知らせてくれる「坑道のカナリヤ」のような存在だ。
 今後も、日本の司法の民主的コントロールのために、岡口裁判官が、裁判の営みを続けられること、そして、その仕事の中で感じた司法の問題点を発信し続けられることを願ってやまない。

この本は、アマゾンの司法部門のベストセラー1位となった。岡口裁判官を最高裁と心ない訴追委員会の一部国会議員たちからかけられた理不尽な攻撃から守るために、1人でも多くの方が、この本を読んで欲しい。




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