2021年05月03日

デジタル改革関連法案の本質は総理大臣をトップとする警察監視国家へ途開くデジタル監視法案だ

デジタル改革関連法案の本質は総理大臣をトップとする警察監視国家へ途開くデジタル監視法案だ


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                             海渡雄一

                (デジタル監視法案に反対する法律家ネットワーク)

 

  プライバシー権は民主主義の基礎

さる46日、デジタル改革関連法案が衆議院で可決され、法案は参議院に回付された。千ページを超え、60本を超える膨大な内容の法案について委員会質疑時間はわずか27時間。立憲民主党、共産党、社民党などは法案に原則として反対の意思を表明した。

 人は監視されていると感じると、自らの考えをまとめることもできず、自分の価値観に基づいて自律的に判断し、自由に情報を収集し、発言して、行動に移していくことができなくなる。だから、プライバシー権は、表現の自由と民主主義の基礎となる極めて重要な人権である。

 

■デジタル庁は独裁機関化するかもしれない

デジタル庁は内閣直属の組織とし、その長は内閣総理大臣である。このほかにデジタル大臣や特別職のデジタル監等を置くとされている。

しかし、最初からこのような組織が構想されていたわけではない。昨年101日の朝日新聞記事によれば、「首相のかけ声に見合う推進力をどう与えるかも調整中だ。関係者によると、デジタル庁の位置づけは①復興庁のような内閣直轄②内閣官房③内閣府④内閣官房に司令塔部分、内閣府にシステム構築部分を並立、の4案を検討しているという。首相が影響力を発揮し省庁を抑えやすい点で、平井氏らは①を想定するが、組織のトップを大臣格とするか、恒久的か時限的か、予算や事業を担う範囲など組織立ち上げにあたっての論点は多い」(2020101日朝日新聞記事「首相の目玉「デジタル庁」の準備室発足 調整事項は山積」より)。とされていた。トップを役人出身の長官にするか、大臣を置くどうかすらも議論されていたのである。

デジタル庁は、発足時は500人程度。一般職常勤職員が393人、一般職非常勤職員が128人。しかも、局も課も置かれないアジャイル型組織とされる。まるで、諜報組織のような特殊な組織構成だ。このような体制で、本当に情報の漏洩が防げるのか、大手IT企業との癒着が避けられるのか、疑問は尽きない。

デジタル大臣は、特に必要があると認めるときは、関係行政機関の長に対し、勧告することができ、関係行政機関の長は、当該勧告を十分に尊重しなければならないとされている。これは時限組織である復興庁にしかなかった規定であり、全省庁の中で抜きんでた権限が与えられている。

 

■個人情報についての本人同意原則が揺るがされる

 そのデジタル庁の下で、国の諸機関や地方自治体の情報システムの共通仕様化が強力にすすめられる。怖いのは国と自治体が保有している情報について、警察がデジタル庁・内閣情報調査室を経由して、内閣総理大臣としての権限で、国の機関、地方自治体、銀行やIT企業などの民間企業の保有する個人情報にアクセスし、パソコン操作によるわずかな手続だけで、自由に取り出せる仕組みができるのではないかということだ。

 法案そのものには盛り込まれなかったが、デジタル庁の準備の過程で作成された文書の中で、「データ共同利用権」という言葉が出てくる。「データ主体(=本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、(本人の同意なしに)データ利用を認めるものとすること」とされていた。

 改正個人情報保護法の69条(利用及び提供の制限)の規定によれば、必要性、相当性があれば、情報の利用、提供ができるとされている。この条文は改正前の法律にも規定されていたもので新しく付け加わったものではない。だから、我々の危惧は杞憂であると政府は衆議院で答弁した。しかし、すべての情報が共通仕様化される前と後では、その意味合いが大きく変わるだろう。

 今までも、捜査の必要もないのに、内調=官邸ポリスは前川喜平さんやジャーナリストの行動を監視していたという事実が明らかになっている。だから、法規制をまぬかれて、このような監視システムが作られていないかを、確実に検証できる監督機関が必要なのだ。

 

■法案は抜本的な修正がない限り廃案とすべきだ

政府・与党は連休明けにも法案の成立を図る構えである。市民は連日国会前で抗議行動を繰り広げている。

 法案は、問題ある個所を削除し、個人情報保護を強化する抜本的な法案修正がない限り、廃案にするしかない。

・デジタル庁の創設と同時に、個人のプライバシーを保護するための基本的な制度として以下の仕組みが含まれた制度の整備が同時に行われる必要がある。

(1) 公権力が、自ら又は民間企業を利用して、あらゆる人々のインターネット上のデータを網羅的に収集・検索する情報監視を禁止する法制度。

(2) 監視カメラ映像やGPS位置情報などを取得し、それを捜査等に利用するに際して、これを適正化するための新たな法規制。

(3)通信傍受の適正な実施についての独立した第三者機関による監督制度。

・個人情報保護委員会の組織を拡大・強化し、行政庁への立ち入りなどの監督権限を強め、体制を強化することが必要不可欠である。

・特定秘密の指定と情報機関の諸活動について、特別の監視機関が必要である。

・デジタル庁を独裁組織ではなく、普通の組織にするためには、

(1)デジタル庁は内閣ではなく内閣府に置くこととすべきである。

(2)デジタル庁の長は内閣総理大臣ではなく特命担当大臣であるデジタル大臣とすべきである。

(3)デジタル大臣の他の行政機関に対する勧告の尊重義務の規定はなくすべきである。

 

  法案を成立させてはならない

 この法案は、日本の民主主義の未来を大きく左右する重要法案だ。絶対にこのまま、成立させてはならない。多くの皆さんが参議院での法案審議を見守り、各地が予定されているリアルとオンラインの集会に参加し、また、ツイッターやフェイスブックでこの法案の問題点を拡散し、昨年の検察官の定年延長を内容とした検察庁法改正案のように、廃案を勝ち取りたい。どうか、協力してください。



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2021年02月05日

デジタル庁法案 ここが問題だ!

監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、

プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める

海渡 雄一                         

(共謀罪対策弁護団・秘密保護法対策弁護団)

はじめに

共謀罪対策弁護団と秘密保護法対策弁護団は、202012 22日に「監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める」意見書を公表しています。

資料集 | kyoubouzai-bengodan (wixsite.com)

また、日弁連は、2017106日 に「個人が尊重される民主主義社会の実現のため、 プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議」を採択しています。

これらに基づいて意見を述べます。


第1
 深まる警察監視社会化

1 共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった  

2  制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある  

3 監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる  

4  官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している  

5  警察組織の政治的中立性が破壊されている  


第2
 今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関

プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる  

2 GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務  

3 自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた  

4 ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関  

5 アメリカにおける秘密指定解除の仕組み  

6 ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動  

7 特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である  

3 デジタル関連6法案の構成と概要

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今通常国会に提案されるデジタル庁関連6法案の一部の概要が明らかになってきた。6法案の内容は次のようなものとされている。

まず、第1デジタル社会形成基本法案(仮称)を制定し、IT基本法は廃止する。

 この基本法は、「デジタル社会jの形成による我が国経済の持続的かな生活の実現等を目的とするもので、デジタル社会の形成に関し、基本理念及び施策の策定に係る基本方針、国、地方公共団体及び事業者の責務、デジタル庁の設置並びに重点計画の策定について規定するものである。

 デジタル社会を形成するための基本原則(10原則)の要素も取り込んだうえで、デジタル社会の形成の基本的砕組みを明らかにし、これに基づき施策を推進するとしている。
 2に、デジタル庁設置法案では、強力な総合調整機能(勧告権等)を有する組織としてデジタル庁を設置し、基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムの統括・監理、重要なシステムは自ら整備するとしている。また、国の情報システム、地方共通のデジタル基盤、マイナンバー、データ利活用等の業務を強力に推進するため、内閣直属の組織とし、その長は内閣総理大臣とする。デジタル大臣(仮称)のほか、特別職のデジタル監(仮称)等を置くとされている。そして、デジタル庁がデジタル行政の司令塔として、これまでの行政の縦割りを打破し、行政サービスを抜本的に向上するとしている。

 第3に、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案では、関連する数多くの49法律を改正し、整備を一括して行う仕組みとなっている。

とりわけ、個人情報関係3法を1本の法律に統合するとともに、地方公共団体の制度についても全国的な共通ルールを設定、所管が分かれていたものを個人情報保護委員会に一元化し、さらに医療学術分野における現行法制の不均衡の是正することとしている。また、マイナンバー法、J-LIS法を改正し、マイナンバーカードの発行・運営体制を抜本的に強化するとしている。

 健康増進法を改正し、住民が居住していた他の市町村に対する健康増進事業の実施に関する情報提供の求めができるとされている。

電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律を制定し、電子証明書のスマートフォンへの搭載、本人同意に基づくJ-LISによる署名検証者への基本4情報(氏名、年月、性別及び住所)等の提供ができるようにするとされている。

 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律を制定し、転職時等の使用者間での特定個情報の提供、国家資格に関する事務等における個人番号の利用及び情報連携の実施、J=LISの個人番号カードの発行運営体制の抜本的強化を図るとしている。
 地方公共団体情報システム機構法を制定しJ-LISに対する国のガバナンスを強化するとしている。

民法、戸籍法、宅地建物取引業法、建築士法、社会保険労務士法等を改正し、国民の負担の軽減及び利便性の向上に資する押印を求める手続及び書面の交付等を求める手続の見直しが提案されている。


この3法案以外に 今回の6法案の中には次の3つの新法の提案が含まれている。公的給付の支給等の迅速かっ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案(仮称) 新法】、「預貯金者の;意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案(仮称) 新法】、地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案(仮称、) 新法】の合計6本の法案が準備されている。


第4
 省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念


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1  菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか

2 多くのカード統合化され、データの突合が検討されている  

3 急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護委員会に官民の個人情報保護の為の監督の権限を集めるとされているが、実効性のある監督システムができる保障がない。 


第5
 デジタル庁法案と個人情報保護制度の見直し法案に対する私の提言

1 法案の全貌が明らかにされていない

今回のパブコメの対象とされている個人情報保護制度の見直しの方向は、現在政府が来年の通常国会に提出を準備しているデジタル庁関連一括法案に対応するものです。

個人情報保護制度の見直しについては報告書が明らかにされましたが、このデジタル庁関連一括法案の内容そのものがまだ詳細には明らかにはされていません。

この法改正はトータルとして我が国における個人情報・プライバシー保護のシステムを根本的に改変するものとなる可能性があります。

デジタル・ガバメント実行計画や法案準備作業に係る文書は、内閣府のHPに公開されていますが、 政府は、市民の人権保障に対して重大な影響を及ぼす法律案について、その法案の骨子・要綱、 ディスカッションするべきポイントなどをまとめて、早期に市民と国会議員のために議論の素材を提供するべきだと思います。


2 改正個人情報保護委員会の組織、権限を明らかにするべきである

日本には、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しませんでした。

監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPRにならって、巨大 IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることがデジタル庁を設置するよりも先決であると考えます。

今回の個人情報保護制度の見直しの方向性は、このような機関として個人情報保護委員会に公的機関の監督の機能を負わせようとするものです。

このような法制度きちんと機能するかどうかを、まず詳しく説明していただきたいと思います。


3
 「データ共同利用権」は個人情報に関する同意権を否定するものだ

とりわけ、危惧されるのは、政府文書において個人情報の第三者提供について、「データ共 同利用権」が提唱されていることです。「データ共同利用権」については、デジタル庁に関する検討文書において、「データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、データ利用を認めるものとすること。」 と示されています。

GDPR(EUデータ保護規則)においては、個人の同意を必要とする個人情報保護原則の取り扱いが核とされている。これが軟化される危険性があり、また、マイナンバーカードに、運転免許証と保険証をはじめとして多くのカード機能が付加され、またマイナンバーカードをスマホに搭載することも検討されていると伝えられています。多くの情報が突合・検索されて、個人のプライバシーがデジタル庁に統合・集中される可能性があると思われます。

このようなことが行われないと説明されるのであれば、その歯止めの措置について詳しく説明していただきたいと思います。

 

4 警察による共有情報へのアクセスがフリーパスになる可能性

デジタル庁は、「首相直轄の組織」として内閣府に置かれますが、内閣官房におかれた内閣情報調査室という情報機関と緊密な関係を持つことが予想され、デジタル庁が集約した情報は、 内閣情報調査室を介して警察庁・各都道府県警察と共有される可能性が否定できません。

すくなくとも、このことを抑止するシステムとなっていることが確認できることが必要です。個人情報保護委員会が、このような危惧に対してどのような歯止めとして機能することができるのかを説明していただきたいと思います。


5 個人情報保護委員会に、十分な政府からの独立性、権限、専門のスタッフ、財源を保障することが不可欠

私は、すくなくとも、個人情報の不適切な収集と共有を未然に防止するとともに、情報が適切に利用されていることを監視することができるためのシステムが必要であると考えます。

日弁連などは、これまでも、情報機関(日本には CIA のような中央情報機関はまだないが、公安警察、自衛隊の情報保全隊、法務省の公安調査 庁、内閣情報調査室などの情報機関がある。)の活動、特定秘密指定などについて、政府から独立した監視機関を設立する必要があることを提唱してきました。デジタル庁を設立するのだとすれば、すくなくとも、同時に、統合された個人情報保護委員会に、十分な政府からの独立性、権限、専門のスタッフ、財源を保障することが不可欠です。

統合された個人情報保護委員会が、どのような組織となるのか、くわしく説明していただきたいと思います。


6 個人情報保護委員会に公的機関に対する職権調査権、命令権は認められるのか

そして、公表されている資料だけでは、個人情報保護委員会は、不服申し立てに対応し、不適切な個人情報の扱いについて「勧告」できるとされています。しかし、民間企業に対しては認められている「命令」はできないようです。

また、この委員会が、職権で特定秘密や情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正の勧告や命令までできる機関が必要であると考えます。

特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえません。 独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られません。全く独立性が欠けています。

これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱 心に活動していると評価することができます。しかし、同審査会で多数を占める与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっており、限界があります。

そのため、特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見 て、是正勧告できる機関が、我が国においても必要です。この報告書で、公的機関までを含めて監督する機関に格上げされた個人情報保護委員会に、そのような活動が可能なのかを説明していただきたいと思います。


7 アメリカ、ドイツ、オランダなどの制度を参考に

アメリカには、特定秘密の指定を是正する複数のシステムが機能しており、いったん特定秘密に指定された情報の多くが、一般に公開されています。

また、ドイツやオランダには、情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていればこれを公開させ、あるいは、誤った個人情報が収集されていればこれを訂正させる権限を持ったさまざまな国家機関が活動しています。

また、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価のために収集された機微情報の管理につ いて、適切に行われる体制が作られているかどうか(特定秘密保護法16条参照)またこれらが適切に運営されているかどうかを検証できる仕組みが必要です。

国の国家秘密に関する活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要です。個人情報保護委員会を名実ともにこのような活動をしていく必要があります。

そして、これらの委員には、人権NGO のメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者など、政府からは独立した人材が任命されることが必要であると考えます。

デジタル庁を創設するのであれば、その創設と同時にこのような機関を設立することは絶対不可欠です。個人情報保護委員会の組織の内実までを含めて明らかにする必要があると考えます。


6 今後の行動提起

 日弁連の2017決議には、デジタル庁の創設にあたって、日本の法制度の中で足りない法制度が、手際よくまとめられている。

 これを立憲野党に提起し、法案への修正案を準備し、この修正案に応じない限り原案反対の意見を固めてもらい、この法案を対決法案化する。


 急遽、共謀罪対策弁護団主催で、2月11日午後3時からオンラインセミナー デジタル庁構想、ここが問題だ!~個人情報は守られるのか?を開催します。ユーチューブライブで配信します。 中心は2018年まで内閣府公文書管理委員であった三宅弘弁護士のお話です。三宅弁護士は、日弁連の秘密保護法・共謀罪対策本部の本部長代行をされています。
 https://youtube.com/watch?v=gLA5n8

Zq30U&feature=youtu.be


yuichikaidoblog at 14:23|PermalinkComments(0)監視社会 | 官邸ポリス

2021年01月10日

ジョン・ロック著「改訂版 全訳 統治論」を読み、社会契約論と現代政治の課題を論ずる

いま、ジョン・ロック著伊藤宏之訳「改訂版 全訳 統治論」(2020 八朔社刊)を読み、ホッブスとロック、ルソーの社会契約論と現代政治の課題を論ずる
                         海渡 雄一
はじめに
 本書は、近代立憲政治の基礎を築いたとされるジョン・ロックによる名著の改訳である。刊行は2020年12月13日の最新刊である。訳されたのは、福島大学名誉教授の伊藤宏之氏である。同書の書かれた複雑な背景をわかりやすく説明した懇切な「訳者解説」が巻末に付されている。
 高校の世界史や大学教養部の社会思想史、ヨーロッパ近代の法思想史を学んだものであれば、ホッブス、ロック、ルソーはひとまとまりで社会契約説を唱え、これを発展させたものとして、その名を知らぬものはいないだろう。しかし、その原著を読んだことのあるものは、日本人には珍しいであろう。
絶対王政を擁護した(?)ホッブス

 ロックの先駆者であるトマス・ホッブズ(1588年-1679年)は、清教徒革命から王政復古期にかけてのイギリスの思想家であり、王太子時代のイングランド王チャールズ2世の家庭教師を務めた人である。
 彼の著書「リバイアサン」は、清教徒革命(1642年以降)後にフランスに亡命中に執筆され、イングランド内戦が終結してオリバー・クロムウェルの統治下にあったイングランド共和国に帰国した1651年に刊行された。ホッブスは人間の自然状態は「万人の万人に対する戦い」であり、絶対王政も、民からの信託を受けてその政治権力を行使しているとする。そして絶対王政において、王こそが単一の主権者であり、国の宗教までを含めて王が決定することができるとし、イギリスにおける絶対王政復活(1660年)を正当化しようとした。
 ホッブスの議論は支配者側から見た、その絶対王政の正当化のための哲学といっていいだろうが、当時の王党派が奉じていた王権神授説とは異なり、王党派からは無神論的、唯物論的であると批判された。その平等思想などに近代政治思想の萌芽を認める見解も有力である。
名誉革命を理論的に支えたロックの「統治論」

 これに対して、ジョン・ロック(1632-1704)は17世紀の英国の哲学者であり、当時のイギリスとフランスで猛威を振るっていた絶対主義王政による暴政に対して、著作だけでなく、実際の行動を通じて人間の自由とその尊厳が尊重された社会を実現するために立ち働いた思想家・哲学者である。

Portrait of John Locke


 ロックは、社会の起源を所有権(これには生命の保持なども含まれているようである)の維持に求める。所有権は自然状態においては守ることができない。個人の努力だけでは、所有権は守れず、奪われる可能性がある。それを守るため、所有物を持つ者同士が契約によって形成したのが国家だと考える。ここから、国家は所有権を侵害することはできない、という結論が導かれる。ロックは、所有権を侵害しようとする独裁政治に対しては、多くの財産を所有するブルジョワジーの立場から抵抗する権利があると説く。
 本書の237頁には、「人間は生まれつき、他の人あるいは世界中の人々と平等に、完全な自由と自然法の定めるあらゆる権利と特権を無制限に享受する権限が与えられているのだから、彼の所有権、つまりその生命、自由、財産を他の人による侵害や攻撃から保全する権力を生まれながらに持つだけでなく、他の者が自然法を侵したときにはそれを裁き、当然にその罪にふさわしいと信ずるままにこれを罰する力、犯罪が凶悪であり死刑が必要と思われるときには死刑にさえ処しうる力を生まれながらに持つ」と述べられている。しかし、政治社会が存在するためには、この自然な権力を放棄し、個人の私的裁判は放棄され、すべての当事者に対して公平で同一の規則によって共同体が裁判官となるのだと説くのである(238頁)。
 そして、国家共同体は刑法を定め、犯罪を罰し(法律を制定する権力)、社会以外の人々からその成員に加えられた危害を罰する権力(戦争と平和の権力)を持つにいたるのだと説明する(238頁)。ここから、議会に最高権力があるとし、もし立法部と行政部(国王)との間に矛盾が生じるならば、立法が行政に優位すると説き、議院内閣制の基礎を築いた。
 このようなロックの論述から、社会契約説は犯罪に対する対応として、死刑を肯定していると説かれることがある。しかし、おなじ社会契約説を説いたベッカリーアが、その著書「犯罪と刑罰」(1764年)で次のように述べていることをここで思い出しておきたい。同書は封建王政とキリスト教の圧力のもとで、刑事手続きにおける拷問の廃止と刑罰としての死刑の廃止を唱えた勇気ある書物である。初版は匿名出版であり、出版そのものが命がけの行為であった。
 ベッカリーアは、次のように説く。
「人間が同胞をぎゃく殺する「権利」を誰がいったい与えることができたのか。」
「どうして各人のさし出した最小の自由の割り前の中に、生命の自由-あらゆる財産の中でもっとも大きな財産である生命の自由も含まれるという解釈ができるのだろう。」(ベッカリーア「犯罪と刑罰」(風早八十二、五十嵐二葉訳 岩波文庫 1938年 改訳1959年)90ページ)
「人殺しをいみきらい、人殺しを罰する総意の表現にほかならない法律が、公然の殺人を命令する、国民に暗殺を思いとどまらせようとするために殺人をする-なんとばかげていはしないか?」(同上99ページ)
 ベッカリーアの社会契約論がホッブスの自然状態を出発点としていることは疑いない。ベッカリーアがルソーの影響を受けたと書かれている文献も多いが、ルソーは死刑を支持していた。私には、ベッカリーアは、ロックの思考の枠組みを踏襲しながら、死刑の廃止の結論を導き出しているように思われる。
暴政に対する抵抗権を認めるロック

 そして、ロックは政府の暴政に対して市民には抵抗する権利があると説いたことでも有名である。
「法が終わるところにはどこでも暴政がはじまる」(327頁)とし、「実力をもって抵抗すべきであるのは、ただ不正で不法な強制力の対してのみ」(328頁)と限定を付けながらではあるが、不正・不法な統治に対する実力による抵抗権を基礎づけているのである。
 この「統治論」は1680年ころに執筆され、1689年に公刊された。今この書をみると、キリスト教の神学書のような体裁を取ってはいるが、その扉には絶対王政を復活させ、イギリスをフランスの属国と化すとロックが考えた「ロバートフィルマー」の誤れる原理を覆すことを目的として本書は書かれたと宣言されている。フィルマーはピューリタン革命に反対し、熱烈に王党派として国王チャールズ1世を支持し、投獄されたこともある。『制限王政の無政府状態』(1648年)、『絶対王権の必要』(1648年)、『政府起源論』(1652年)を著わした。これらは、王権神授説に立って、絶対王政を擁護したものである。これに対して、ロックの『統治論』は、絶対王政に反対し、名誉革命(1689年)を成就させ、「君臨すれども統治せず」の立憲君主・議会制を志向した政治パンフレットのようにも見える。
人民主権を唱えたルソー

 社会契約説を唱えた三人目の思想家ジャン・ジャック・ルソー(1712年 - 1778年)は、フランス語圏のスイス・ジュネーブの人であり、「社会契約論」を1762年に著した。
 ルソーはその「社会契約論」において、社会契約によってすべての構成員が自由で平等な単一の国民となって、国家の一員として政治を動かしていく。だが、めいめいが自分の私利私欲を追求すれば、政治は機能せず国家も崩壊してしまう。そこで、ルソーは各構成員は共通の利益を志向する「一般意志」のもとに統合されるべきだとした。公共の正義を欲する一般意志に基づいて自ら法律を立法し、自らそれに服従する、人間の政治的自律に基づいた法治体制の樹立を呼びかけたのである。
議会選挙によらない政治革命の誘惑とその危険性
 主権者と市民は同一であるという人民主権論は、間接民主制、国民代表制とは異なる直接民主制を志向する考えであり、国民的な集会による直接民主制の可能性は、ジュネーブ市民の直接民主制が念頭にあったといわれる。そして、その後のフランス革命やパリコミューン、ロシア革命などの議会選挙によらない政治革命は、このようなルソーの考え方の延長に位置付けることができるであろう。
 私が大学生のころ、日本の左翼には、ルソーとマルクスが好きな方が多かった。私も、大学生の時代には、議会制民主主義は生ぬるく見え、ルソーの説く「直接民主制」こそが、目指すべき政治形態であると考えた時期があった。しかし、その後の歴史の流れを曇りのない目で見れば、「人民の意思」を標榜した革命政治体制は、一時の「光」をもたらす瞬間があるとしても、次の瞬間には「人民の意思」を代行する少数の独裁者のもとに権力が集中され、反対者に対する仮借ない弾圧体制を招いた。このような体制を改め、平和的にその政権を交代させることは容易なことではない。
市民社会と結合した議会政治こそが社会をより公正なものへと改革していくことができる
 議会政治を通じて税と社会保障によって富を再配分する社会民主主義、脱原発と再生可能エネルギーを志向する環境保護、ジェンダー平等などの具体的な政策目標を立法によって実現していく議会制の政治形態は、微温的な改革かもしれないが、この200年間のヨーロッパ政治史をみれば、市民の自由を保障しながら、社会の公正を実現していく道は、この途しかないと、私は思うようになった。もちろん、私の考える議会政治は、投票だけでなく、日々継続されていく市民主体の様々な政治社会運動、環境保護運動、人権保障のための活動などによって、補完され、そのような議会外の勢力の声が議会政治に反映される回路を伴っていなければならない。市民社会と結合した議会政治こそが目指されなければならないのである。
 いま、香港で自由と司法の独立のために抵抗を続けている闘士たちは、ロックの末裔たちであり、ルソーの末裔ではない。そして、彼らの闘っている相手は、議会による直接選挙を経ることなくして「共産主義」という名で「人民の意思」を僭称する「国家資本主義独裁体制」ではないか。
 ルソーの文学的な表現には、多くの人が魅かれる魔力がある。しかし、ルソーは徹底した思索家であり、「孤独な夢想者」であって、政治的に何かを成し遂げた人ではない。
今の私は、現実政治のなかで、すこしでもより良い選択肢を求めた実践家であるジョン・ロックの方に惹かれる。また、フランスの裁判官だったモンテスキューは、イギリスの立憲政治から影響を受け、当時のフランス絶対王政を批判する立場から市民の自由を守るため、1748年に「法の精神」を出版した。ルイ王朝ルイ15世の絶対王政下に、均衡と抑制による権力分立制を提唱することも勇気が必要だったことだろう。今年国会に提案され、多くの市民の反対で廃案となった検察庁法改正案は日本における三権分立の危機だった。これを止めたツイッターデモのような取り組みこそが、議会制を補完する市民のイニシアティブだと思う。モンテスキューの考え方もまたロックに近く、これを法学者として発展させたもののように思われる。そして、もうひとりを付け加えるとすれば、「社会契約論」を刑事法の改革の議論へと展開し「犯罪と刑罰」で拷問と死刑の廃止を唱えた刑罰改革者ベッカリーアにも、65歳の私は親近感を持つ。


yuichikaidoblog at 20:59|PermalinkComments(0)憲法 | 司法

万葉集に遺された流罪受刑者とその妻との悲しくも激しい歌

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万葉集に遺された、罪に問われて流罪となった受刑者とその妻との歌のやり取りをご紹介します。

 私は受刑者の人権の問題をずっと考えてきましたので、古来、罪に問われた人がどのような扱いを受けてきたかについては、とりわけ興味深く古今東西の例を調べてきました。
 奈良時代における受刑者とその妻との外部交通について理解できる資料が万葉集に遺されています。
 「令和」の考案者である中西進先生の講談社文庫「万葉集」の第三巻と、講談社学術文庫の「続日本紀」などを参考にします。
 万葉集に罪に問われて流罪となった受刑者とその妻との悲しい歌のやり取りが遺されています。それは、中臣朝臣宅守と狹野茅上娘子の二人の歌です。
 この歌が収録されている万葉集の第十五巻は、天平八年に新羅に遣わされた使人が出発時と途上に家族との別れを惜しんで詠んだ歌など、別れの悲しみを詠った和歌が多数収められていますが、第十五巻の最後の六十三首は罪によって越前に流された中臣宅守と、奈良の都に残されたその妻・狹野茅上娘子との間に交わされた歌で占められています。
 これは、私が、万葉集の中で最も心惹かれる章です。

このような歌がどのようにして詠まれたのか

 この巻の目録には、この歌群の説明として、次のように述べられています。
―中臣朝臣宅守の蔵部の女嬬狹野茅上娘子を娶(ま)きし時、勅して流罪に断じて、越前国に配(なが)しき。ここに夫婦別れ易く会ひ難きを相嘆き、各々慟(いた)む情(こころ)を陳べて、贈答せる歌六十三首
(中西先生の書き下しです。)
全部で六十三首もあります。狹野茅上娘子の歌は23首、中臣朝臣宅守の歌が40首です。
 詞書によれば、狹野茅上娘子は後宮または斎宮の蔵部に属していた女官であったようです。
 「娶きし時」をどのように理解するかが、研究者の間で意見が分かれているようです。「娶きし時」には「共寝して女性を抱く。」という意味と、「妻にめとる。」という意味の二つの意味があるからです。

宅守の流罪の原因は

 流罪の原因については、説が分かれています。
 二人の恋愛関係そのものが、女官(采女だけでなく蔵部の女嬬を含むかについて争いがあります)は潜在的には天皇の妻であり、姦通罪に問われたという説、結婚直後に宅守が何らかの罪に問われたとの説の二つの考え方があるのです。
 この詞書に、二人が「夫婦」とされていること、二人の関係が許されぬものであれば、「姦」の字が使われるはずで、また、狹野茅上娘子も罪に問われたはずであることから、結婚と同時期に何らかの別の罪に問われ、別れ別れになったとの説も有力です。

青鞜の女たちが絶賛した狹野茅上娘子の歌

 狹野茅上娘子の歌、とりわけ「君が行く道のながてを繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも」の歌は、道が天の火で焼き滅ぼされるという情景描写は情熱的で独創的なものです。
 和泉式部や式子内親王にも匹敵する力強さを感じます。現代のフェミニズムにも通じていると思います。中臣朝臣宅守の歌も悪くありませんが、私が好きな彼女の歌と宅守の代表的な歌を紹介していきます。最初は流罪となり、越前に赴く宅守を送る狹野茅上娘子の歌です。
万葉集巻第十五巻 
三七二三 あしひきの山路越えむとする君を心に待ちて安けくもなし
三七二四 君が行く道のながてを繰り畳ね焼き亡ぼさむ天の火もがも
三七二五 わが背子しけだし罷らば白妙の袖を振らさね見つつ思はむ
三七二六 この頃は恋ひつつもあらむ玉くしげ明けてをちより術なかるべし
次の宅守の歌は配所についてから狹野茅上娘子に贈った歌ですが、痛切な響きがあり、なかなか良いです。
三七四〇 天地の神なきものにあらばこそ吾が思ふ妹に逢はず死にせめ
三七四一 命をし全(また)くしあらば珠衣(ありきぬ)のありて後にも逢はざらめやも
三七四二 逢はむ日をその日と知らず常闇にいづれの日まて吾恋ひ居らむ
これに答えて狹野茅上娘子が贈った歌の中で特に次の二つは優れていると思います。
三七四五 命あらば逢ふこともあらむ我がゆゑにはたな思ひそ命だに経ば
三七五〇 天地の極(そこひ)の裡(うら)に我(あ)がごとく君に恋ふらむ人はさねあらじ

想い人は帰った来たと思ったけれど

さらに、次の歌はあまりに悲しい歌です。
三七七二  帰りける人来れりと言ひしかばほとほと死にき君かと思ひて
 この歌は解説が必要です。
 「続日本紀」によると、天平十二年(740年)に聖武天皇の病気快復祈願の勅命で、大赦が行われていますが、当時、流罪で越前に滞在中の宅守は、その大赦から外されているのです。
 大赦の令で奈良の都に返されると思い喜んだが、大赦から漏れて、ぬか喜びであったことを嘆いたということを詠っている歌です。本当に悲しい歌ですね。
 この時、大赦から除外される罪として、「業務上横領」「故意的殺人」「計画的殺人」「偽金造り」「強盗・窃盗」「姦通」の六つが挙げられています。宅守の罪はこの六の罪の中の一つということになります。

二人の共通の想い出を詠った歌

宅守の送った歌には二人の想い出に関すると推測される歌もあります。
三七七六 今日もかも都なりせば見まく欲り西の御厩の外に立てらまし
この歌は、二人が平城京で過ごした時代を回想して詠んだ歌なのでしょう。二人にとっての想い出の場所なのかもしれません。
遺されている狹野茅上娘子の歌は、この歌に答えた次の二通です。
三七七七 昨日けふ君に逢はずてするすべのたどきを知らに音のみしそ泣く
三七七八 白妙の吾が衣手を取り持ちて斎(いは)へ我が背子直に逢ふまてに
右の二首は、娘子が和贈(こた)ふる歌。

宅守は帰京を許されたが、二人が再会できたという記録はない

 宅守はかなりの高官であり、その後の動向を探ることができます。続日本紀には、その後の天平十三年(741年)九月、前年の恭仁京遷都に伴う大赦で流人は全て赦免され、この時に宅守も帰京を許されたとの見方もあります。
 また、天平宝字七年(763)正月、従六位上より従五位下に昇叙されています。当然そのころには帰京を許されていたと思われます。
 そして、「中臣氏系図」によれば、翌天平宝字八年、宅守は大伴家持も加わった恵美押勝の乱に連座し、除名されたとされています。そして、万葉集にも、続日本紀にも二人が再会できたという記録はありません。
ことばの強さ

 これらの歌のやり取りを見ていると、時の流れとともに、二人の心が少しずつ移り行くことがわかり、しかし、想いは続き、むしろ痛切さを増していることを確認することができます。万葉集には、権力者の歌も残されていますが、むしろ虐げられた者、社会の主流から外された者の想いを丹念に拾い集めているところに、何とも言えない魅力があります。
 「令和」のもととなった、大宰府の歌宴の主宰者である、大伴旅人もまた、非業の死を遂げた長屋王の盟友であり、左遷されていて友を救うことができなかったルサンチマンを酒に託した多くの秀歌を遺しています。
 今も、昔も、罪に問われ、自由を奪われた者と簡単に会うことができなくなった者とが遠く離れていても文通で心を通わせることの大切さを感じます。
添付は電子書籍万葉集解説サイトからの引用です。


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2020都知事選挙を振り返る


 昨年の65日に実施された東京都知事選挙について
希望のまち東京をつくる市民選挙対策本部は、討議に基づいて38ページに及ぶ選挙総括を8月16日までに作成し、この選挙に関係された皆さんに配布しました。全体のウェブ公表はしない方針ですが、その中から、前文、候補であった宇都宮さん本人と本部長を務めた私の個人責任で書かれた総括の部分だけを公表しておきます。

 

  2020東京都知事選総括集

2020年8月16日


希望のまち東京をつくる市民選挙対策本部

 


はじめに―2020東京都知事選総括集発表にあたって

 

 この選挙総括は、2020東京都知事選において、宇都宮けんじ候補の当選をめざして活動をともにした市民選対本部メンバーの意見と討議結果、アンケート結果などを踏まえて、2度の全体の会議、各選対のグルーブごとの討論なども踏まえ、今後の都知事選挙に役立てる目的で作成されたものです。

 

第1、東京都知事選候補者・宇都宮健児氏のあいさつ

――2020東京都知事選を闘い終えて

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皆さん、今回の都知事選、本当にご苦労様でした。また、本当にお疲れ様でした。

「2020都民政策会議」(後に「政策で都知事を選ぶ!三多摩の会」と改称)や「宇都宮都政を求める会」などから2020都知事選への出馬要請を受け、徐々に出馬に向けた決意を固めていたのですが、5月25日、新型コロナウイルス緊急事態宣言が東京都で解除されましたので、ツイッターで都知事選出馬の意思表明を行いました。私にとっては3度目の都知事選出馬ということになります。

そして、5月27日午前11時から都庁記者クラブで都知事選出馬の記者会見を一人で行いました。この記者会見で私は「今回の都知事選は都民一人ひとりの生存権がかかった選挙である」ことを強調しました。新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う政府や東京都による自粛要請や休業要請により、多くの都民が仕事を失い、住まいを失い、営業継続が困難となり、命と生活が脅かされていたからです。

記者会見では「3つの緊急政策」と「重視する8つの政策」を発表し説明をしました。3つの緊急政策の内容は、①PCR検査体制の抜本的強化、病院や保健所・医療従事者に対する財政支援の強化、病床・医療機器の充実など、新型コロナウイルス感染症から都民の命と健康を守る医療体制を充実することと自粛・休業要請に対する補償を徹底して行うこと、②事実上の民営化につながる都立・公社病院の独立行政法人化の中止と、これまで以上に充実強化すること、③人の不幸の上に成り立つカジノの誘致計画を中止すること、でした。

記者会見の中で、1年延期された東京オリンピック・パラリンピックに対する対応についての記者からの質問に対しては、感染症対策の専門家が来年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が困難であると判断した場合は、IOC(国際オリンピック委員会)に中止を働きかけ、中止になったことで浮いた予算はコロナ災害で被害にあった都民の支援に回す、と答えました。

また、今後2016年の都知事選のように野党共闘の候補者が立候補した場合はどうするかという記者からの質問に対しては、今回は出馬を取り止めることはしないと答えました。

この都庁記者クラブでの記者会見の後、立憲民主党、日本共産党、社民党、新社会党、緑の党などから支援していただくことになりました。また、多くの都内の市民団体や労働団体からも支援していただくことになりました。2020都知事選で支援していただいた立憲民主党、日本共産党、社民党、新社会党、緑の党、国会議員の方々、市民団体・労働団体の皆さんに対し、心より感謝申し上げます。

また、都知事選を支えていただいた海渡本部長、岡田事務局長をはじめ宇都宮市民選対の皆さんとボランティアの皆さんに対しても心より感謝を申し上げます。宇都宮市民選対の中には、2012年、2014年の都知事選に続き今回の都知事選も含めて3度の都知事選を支えていただいた方々がたくさんいます。市民選対の皆さんは私の誇りでもありますし、皆さんと一緒に3度の都知事選を闘えたということは大変光栄に思っています。

今回の都知事選は、コロナ渦の選挙であり、感染防止のため3密を避けながらの選対事務所の運営や街頭宣伝、ネットやSNSを重視した選挙運動など異例な都知事選でした。また、2012年、2014年の都知事選には行われたテレビ討論が一度も行われなかったことも異例なことでした。

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(コロナ対策について何度も会見を開き、公開質問もしました。)


このように大きな制約が課された中での異例の都知事選でしたが、「3つの緊急政策」「重視する8つの政策」をはじめとして、都政が抱える課題を一定程度明らかにし争点化できたことは、大きな成果だと思っています。

また、都知事選を通じて支援していただいた政党の国会議員や地方議員と市民団体・労働団体の共同・協力行動が広がり新しいつながりができたことは、次のさまざまな運動につながる都知事選になったのではないかと思っています。

都知事選の結果は、残念ながら今回も次点でした。しかしながら、私は選挙は一つの社会運動だと思っています。私は今後も都政を監視し改革する運動は続けていきますし、私が都知事選で掲げた政策課題を実現する市民運動も続けていく決意です。

 

第2、宇都宮選対本部長・海渡雄一氏のあいさつ

私は、これまで、宇都宮さんが挑戦された第1-3(三回目は告示前日に出馬を取りやめ。)の選挙にも選対メンバーとしてかかわってきました。

525日にツイッターで宇都宮さんの出馬表明を知った直後から、私は、個人的にツイッターで支持表明をし、宇都宮さんの「人となり」や選挙政策などをネットで宣伝していました。宇都宮さんが都庁で記者会見された後に、直接お電話をいただき、65日の選対会議から出席しました。7日の宇都宮さんと立憲民主党の手塚氏、共産党の小池氏との打ち合わせに、宇都宮さんに請われて、岡田さんと一緒に同席しました。その直前に宇都宮さんから選対本部長を引き受けてほしいと依頼され、承諾しました(正式の本部長任命は15日でした)

その後のZoom選対会議8,10,12,15,16,17日の会議に出て、選対本部事務所が開かれた17日以降は、他に動かすことのできない裁判期日などのない限り、選対本部に詰めるようにし、また、支援政党との選挙対策会議には必ず出席していました。

選挙には勝てませんでしたが、この選挙戦を通じて宇都宮さんの政策を広く訴えることができました。たくさんの新しい出会いがあり、感動がありました。後半に、コロナ対策の財源論や小池都政のコロナ対策に疑問を提起するような活動に取り組み、政策的な議論を活発化することができたのではないかと感じています。また、道路建設、築地やカジノ、低空飛行など重要な政策にもスポットライトを当てることができました。

選挙を通じて、野党各党と市民運動の垣根が低くなり、共同の取り組みが深められました。各地の得票率をみると、もともとの地域性もありますが、協働の取り組みが進んだところは高い得票が得られており、選挙運動に効果があったことがわかります。

今回はコロナ禍のもとでの選挙であり、街宣に大きな制約があり、ネット戦略に力を入れました。ネットチームの努力により、ズーム、ツイッター、インスタグラム、フェイスブックなど多様な媒体に取り組み、若者や女性の支持を高めることに大きな力があったと思います。テレビではなくネットから情報を得ている人たちにはある程度訴求でき、一定の成果を上げることができたと思います。

4日夜の都庁前でのファイナル演説、本当にやってよかったです。感染者数が連日100名を超す中で、ブルーに染められたままの都庁に向けて行われた演説は、この選挙を象徴するものになったと思います。選挙後にお会いした野党の幹部の皆さんも、この演説に感動したといわれていました。この選挙をともに闘った出自の異なる多くの仲間たちの思いが一つになった瞬間だったと思います。

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今回はコロナの問題があり、事前に選挙について議論ができませんでした。前回の選挙の時は告示日の何週間も前から事務所を借りて準備していたのですから、今回の準備の難しさは明らかでした。また、選対メンバーが一度も一堂に会したことがない状態で、ズームで会議をやるという変則的な方法で準備を始めざるを得ませんでした。選挙活動もとてもやりにくかったですが、今までとは違うやり方をしたので、今まで届かなかった人々にも声が届いたかもしれません。

市民選対がおよそ四つの団体の合作でできており、内部に複雑な問題をはらんでいる中で、本部長の私は、後から来た人間であり、全体を把握している宇都宮さんは街宣に出られているという状況で、状況把握が難しく、しばらくは混乱続きでした。

結果的には野党の共同の支援が受けられましたが、偶然の要素もあり、次にやるとすれば、もう少し早めにいろいろな準備を始める必要があると思います。今回はコロナの問題があって、選挙の相談をすることも、また事前の決断も難しかったとは思いますが。

ポスターやチラシは結果的には良いものができたと思いますが、ひやひやする瞬間が多々ありました。しかし、結果的にはメンバーが真剣に検討して、結果的にはどんどん改善されていきました。

れいわ新選組・山本陣営と協力できなかったことは、今後に課題を残しました。次を考えるとした場合には避けて通ることができない課題です。

組織的なアンチキャンペーンとして、「都庁前に慰安婦像が立つ」という宣伝がなされました。どの程度の影響があったかはわかりませんが、「ドイツのように過去をしっかり反省することが必要だという話をしたもので、都政の課題として提起した事実はないこと」を宇都宮さんの口から話してもらうべきだったと反省しています。財源論の部分は、MMT理論や都の地方債など専門家を交えてきちんと討議する時間が欲しかったです。

コロナ感染症対策についても、ある程度は専門家の協力が得られましたが、組織的な支援が必要でした。

選対内部の情報の流れが、過去の経緯も絡んで極めて複雑で、本部長の私も完全に把握できていなかったことを認めざるを得ません。選対本部に詰めるようになっても、最初の一週間くらいは、様々な宣伝物の作成、街宣やズーム街宣の組み立て、メディアや様々な団体からの問い合わせの対応に忙殺され、しっかりとした選挙戦略を立てる時間がありませんでした。

後半戦は、政策論争を深化させ、ネット討論、さらにはテレビ討論の実現を求めていきました。記者会見を開いたりもしましたが、スポーツ紙とネットメディアは取り上げてくれても、通常の新聞メディア、テレビメディアには全く取り上げられませんでした。現職が選挙活動を放棄し、現職としてテレビに出続けるという異常な選挙戦になりました。メディア環境の正常化は、次の選挙を展望するときに最優先の課題でしょう。

宇都宮さんが出馬の記者会見をされてから、投票まで40日たらずでした。最初は選挙事務所もなく、ズームで会議をするところからの出発でした。多くの市民と政党からの支援の輪が広がり、数々の感動的な出会いがあり、宇都宮さんの訴えに感動できる選挙戦でした。宇都宮さんの本気で東京を変えたいという思いが、たくさんの人々に感動をもたらし、都政を変える運動を広げることができました。ネットには、多くのビデオとバナーがあふれ、最後には#Iamwith宇都宮けんじをトレンドに入れることができました。

毎日のように選対では大小の問題が起こり、非力な選対本部長では解決が困難で、多くの皆さんにご迷惑をかけ、身が細る思いでした。思い出深いのは2号ポスターです。大激論で作ったポスターでしたが関係者の協力で、とても良いものをつくることができました。

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次にやるときがあれば、もっと早くから準備を始めることが必要です。組織体制を整え、情報の流れをより単純化し、わかりやすくすることも大きな課題です。最後に、非力な選対本部長を支えてくださった、この選挙に参加された選対メンバーと各地の運動員、ボランティアの皆さんに心から感謝します。ありがとうございました。また、お会いする日も近いことを念じてご挨拶とさせていただきます。





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