2021年01月10日
渡辺秀樹『芦部信喜 平和への憲法学』を読む
芦部憲法学は現代日本の民主制と司法の陥っている危機に抗する希望の星だ
=渡辺秀樹『芦部信喜 平和への憲法学』を読む=
第1 本書の概要
岩波書店から、渡辺秀樹著『芦部信喜 平和への憲法学』が公刊された。
この書籍は、信濃毎日新聞の論説副主幹を経て編集委員をされている渡辺秀樹氏の手になる憲法学者芦部信喜(以下単に「芦部」と略させていただく)の評伝である。信濃毎日新聞に連載されていたものを加筆改稿して一冊の本にまとめ上げたものである。
渡辺氏は、法律家ではない。芦部の講義を受けたわけでもない。同郷という以外の接点はない芦部氏の足跡をジャーナリストらしく、徹底的に調べ上げて、インタビューと収集した資料で語っていく。新聞記者らしく、無駄のない文体の中に、芦部憲法学の誕生、発展、進化の過程が語られている。素晴らしい評伝が、日本が憲法の危機に見舞われているときに出版された。章ごとに内容を確認していこう。
第1章
源流 伊那谷から
赤穂尋常高等小学校で、民俗学者であった向山雅重の実地教育、社会の実態を徹底してスケッチしていく教育を受けたことが説明されている。この教育が、後世の立法事実論につながったという。
また、伊那中学では東京帝大を卒業した直後の臼井吉見(雑誌『展望』の初代編集長)の指導を受けている。芦部の憲法学が学理ではなく人間の生活に根ざしていることは、この二人の指導者の指導を受けたことの影響が認められると思う。
伊那中5年の時、信濃宮神社の造営のために動員されたこと、学徒動員で軍務に服し、厳しい規律の中で苛め抜かれ、自らも特攻候補生であった特別操縦見習士官の一次試験まで合格し、遺書を書き、遺品を母あてに送っている。多くの学友を戦争で失った。戦後は、農村文化運動に参加する。この時期に芦部が創刊した雑誌「伊那春秋」に寄せた一文が引用されている。
「敗戦後我々は唯過去の日本精神の代わりに、無批判にマルクスやレーニンの或いはアメリカニズムの阿片に陶酔していはしないか。或いは又、選民思想皇道哲学以外何物も現実の矛盾を分析できなかった盲従の過去を深く反省せず、敗戦の責任を全て戦争責任者に集中させていはしないか」
この一文に、芦部のその後の憲法学の原点が込められているように思う。
その後に芦部は東大に復学し、リベラリスト宮沢俊義の助手として研究者となる。
第2章
憲法改正と自衛隊
岸政権の下で進められた憲法改正調査会に、芦部の師宮沢は憲法問題調査会を組織して抵抗した。芦部は、憲法改正、九条改正に対して批判的な論考を次々に発表していく。無罪判決(自衛隊の憲法判断は回避)を勝ち取った恵庭事件で特別代理人となった深瀬忠一を芦部は背後から支えた。
1969年長沼事件が発生、1973年には福島裁判長による無罪判決が出される。憲法判断を回避することなく、自衛隊は憲法が禁ずる戦力であるとしたのである。この判断には、憲法違反が重大で、紛争の根本的な解決が必要な時には憲法判断を回避するべきでないという考えが示されている。芦部が憲法判断を安易に回避するべきでないと唱えていた考えにつながる。
第3章
人権と自由
芦部が珍しく法廷で証言した総理府統計局事件。選挙に関連する統計局の3人の事務官が庁舎の通用門で都議選に関する記事の掲載された組合ニュースを配布した事件である。この裁判で、芦部は1970年7月東京高裁で、立法事実論、合憲性審査の方法、アメリカにおける判例理論などを説明し、政治活動の制限規定は優越的な地位を保障されるべき表現の自由を制約するものであり、公務員に対する政治活動の制限規定は厳しく限定解釈すべきだと証言し、一審有罪判決を覆す無罪判決を導いた。
この証人尋問を担当したのは、私の所属する東京共同法律事務所代表の宮里邦雄弁護士である。
この章では、猿払事件、教科書裁判、堀木訴訟など現代につながる多くの憲法裁判に意見書を提出するなどして協力した芦部の姿が、事件を担当した弁護士への取材も踏まえて詳細に語られている。
第4章
国家と宗教
本章では、中曽根首相の靖国神社公式参拝の是非を議論した、「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」における芦部の奮闘ぶりが分析されている。基礎となった資料は、著者自身が情報公開によって開示に成功した二回から十二回まで議事録、委員であった佐藤功旧蔵資料、芦部が残した論考などから、再現している。列席していた阪田元内閣法制局長官によれば、公式参拝に賛成と反対は8対7だったという。収録されている顕名の議事録では、憲法学者の芦部、佐藤、田上譲治、文学者の曽野綾子、梅原猛と、元最高裁判事の横井大三の6人が反対意見を述べていることが確認できる。辞任すべきかを迷った末に、芦部は、少数派の違憲意見をきちんと残そうとしたのである。
本章と第5章では、自衛官合祀訴訟へのかかわり、天皇代替わり時の大嘗祭への政府支出の違憲性を問う裁判(佐野通夫教授らが原告)の取り組みまでが紹介されている。
第5章 象徴天皇制とは何か
本章は、天皇制に関する芦部の考え方を探ろうとした章である。著者が頼ったのは、東大出版会が学生のノートをもとに、教授本人の校閲を経て出版していた講義録である。
ここで、芦部は、憲法は、明治憲法下の統治権の総覧者の地位を否定した喪失した結果象徴としての役割が前面に出ているのであり、天皇には象徴としての役割以外の役割を持たないことを強調すべきだとしている。
第6章 インタビュー 芦部憲法学から現代を問う
この章では、合計13人の縁があった憲法学者や最高裁判事などの方々の芦部憲法学に寄せる思いが語られている。どれもなかなか興味深いが、前川喜平氏は、芦部の講義を何度も繰り返し聞いたというインタビューが目を引いた。近年の前川氏の活躍の基礎には、芦部憲法学があったのかと合点がいった。
番外編 二つのスクープ
靖国懇の議事録の情報公開と長野県をはじめとする多くの自治体トップが護国神社に公式参拝していたことを報じたスクープ記事の再録と後日譚である。
附録 「閣僚の靖国神社参拝問題に関する懇談会」第七回議事録
第2 芦部憲法学は現代日本の民主制と司法の陥っている危機に抗する希望の星だ
私は1974年に東大法学部に入学し、憲法の単位は小林直樹先生の授業で取得した。しかし、芦部先生(ここでは「先生」をつけさせてもらう)の講義には欠かさず出席しノートを取った。「国法学」という単位が憲法とは別に開講されており、この単位は取得した。
この講義は「憲法改正には限界があるのか」という問いに対する答えを見出すための格闘のような講義であった。芦部先生は、繰り返し憲法改正には限界があるのだ、近代憲法の中核となる価値、人権保障、国民主権、平和主義は、憲法が改正されたとしても、変えてはならないものだと説いてやまなかった。
憲法改正が具体化されるはるか前の段階で、芦部先生には近い将来に憲法改正が問題になる予感があったのだろう。
この講義の内容は、1983年には、「憲法制定権力」として公刊されている。
現代の日本、憲法改正を目的に掲げた安倍政権が終わった。しかし、新たに政権について菅首相も憲法改正を目標に掲げている。国会の中には、自民党以外に憲法改正に否定的でない勢力が増しているように見える。
政治にかかわる記録が信頼できず、確立していたはずの法解釈が、政権・官邸の都合で変えられる。公文書の改ざん・隠匿は日常化している。
このような行政府の異常な状態を正すのは、1つには国民から国政を預かっている不偏不党のはずの官僚の矜持であり、2つは立法権を持つ国会とりわけ野党の国会での質問権を駆使した行政の是正であり、3つは独立した司法による違法な行政の是正であり、違憲な立法の違憲審査を通じた統制のはずである。
しかし、官僚は政権による人事局の恣意的な人事運用によって、口を封じられ、政権は国会をほとんど開かなくなった。そして、政権は最高裁判事の任命まで意のままにあやつり、最高裁の不都合な判断がなされないよう、最高裁人事を通じて防衛ラインを築こうとしている。今年、黒川検事長問題・検察庁法改正として問題となったことは、政府幹部の犯罪・不正を追及しなければならない検察のトップに官邸の意のままになる人物を据えようとして起きたことであった。
憲法学は、政治があらぬ方向に向かわないように、これを掣肘するために存在する。芦部憲法学は、内外の憲法学の研究を深め、日本の最高裁が適用できる形にして提示した、戦後憲法学の至宝である。
かつて、憲法改正を目指していた中曽根氏は、自らの公式参拝の是非を論ずる靖国懇のメンバーとして芦部を招いた。確かに委員の数の多数で違憲論を押し切ろうとしたことは批判しなければならないが、学術会議の指名についての中曽根氏の答弁を見ても、中曽根氏には、憲法学、さらには学術に対する敬意が残っていたように思う。これに対して、安倍首相は芦部教授の名前を知らないと国会で答弁している。そして、その後継である菅首相は学術会議のメンバーを政権の好き嫌いで判断してかまわないと考えているようだ。法学をはじめとする学術に対する敬意が政権中枢から消滅しているようだ。トランプ政権を先頭に世界に蔓延する反知性主義の独裁政治に日本の政治も同調していこうとしているようにみえる。このような時期に芦部憲法学の歩みを人間芦部の歩んだ道をたどって明らかにしてくれた、渡辺秀樹氏の労作『芦部信喜 平和への憲法学』が出版されたことに心から感謝する。
荒廃した日本の政治と、これに追随しているように見える司法のただなかで、私たち法律家はあきらめることなく、人々の生活の現場で救済しなければならない新たな課題を見出し、裁判官の良心を励ましながら、積極的な司法判断を引き出し、その解決に全力で当たると同時に、政治と立法にも働きかけながら、人々の生活を改善できるような法制度の確立のために立ち働いていかなければならない。また、人権と民主主義を崩壊に導くような立法・憲法改正の企てには全力で抗しなければならない。そのとき、芦部先生の指し示した憲法学は、希望の星であり、定点である北極星としてゆるぎなく輝いている。4知事による緊急事態宣言の発令要請について考える
4知事による緊急事態宣言の発令要請について考える
検察官の人事に内閣が実質的に関与してはならないのはなぜか
=検察官の人事に内閣が実質的に関与してはならないのはなぜか=
-コロナ禍のもとでも市民の意見が政治の流れを変えられることを示した-
1 国会議員と広汎な市民の協働が政権を追い詰めた
この文章は、昨年2月から継続して取り組んできた黒川検事長定年延長問題と検察庁法改正案反対運動の成果と今後の課題についてまとめたものです。
検察官の定年延長や役職定年の例外措置を認める検察庁法改正案について、政府は国会における成立を断念しました。
このような決定を導いたのは、二月から国会での野党の追及、日弁連をはじめとするすべての弁護士会が反対の意見表明を行ったこと、500万を超えるツイートが発信されたSNSでの市民の声の高まり、とりわけ小泉今日子さんら著名人が発信を続けてくれたことなどの影響が大きいと思います。このツイートデモが一人の女性「笛美さん」のたった一つのハッシュタグ #検察庁法改正案に抗議します から始まったことは画期的なことでした。やさしいフェミニスト的感性/強すぎない言葉でつくられていたので、今の日本の政治に疑問を持つ多くの人々の心をとらえ、だれもが参加しやすい政治行動の形を示し、これまで政治的な発言をしたことのない市民多数が爆発的に参加し、政治の流れを変えたのです。私は、これまで、盗聴法(通信傍受法)、秘密保護法、共謀罪など、多くの治安立法に反対する活動に参加してきました。第一次の共謀罪法案は2006年に成立を阻止できた経験がありますが、結果的には悪法は成立してしまいました。私たちは、このような悪法の成立後も反対を続け、悪法が悪法として民主主義的政治システムを破壊してしまわないように、活動を継続してきました。今回の検察庁法改正案をめぐる経験は、私たちの国の民主主義のあり方を議会制と選挙だけを通じた民主主義から、市民活動と議会との相互協働を通じた参加民主主義へと、これからは変わっていく必要があることを示したといえます。
2 検察官に国公法の定年延長の適用はないことは確立した政府解釈
もともと、国家公務員法の定年制度は、他の法律に別段の定めのある場合を除き適用できると定められ、この「別段の定め」が検察庁法22条です。国家公務員に定年制が導入された1986年には、準司法官である検察官には国公法の定年制度を適用しないとの人事院見解が示されています。1月末の黒川検事長に対する定年延長は、この確立した政府見解を捻じ曲げて実施されたものだったのです。
3 野党修正案の成立と閣議決定の撤回が急務
今は、法案の採決が延期されているだけで、問題そのものは解決していません。会期末で、現在の法案を継続審議にするという与党の動きもあります。当面の課題は、
1.法案を黒川問題以前の正常な姿・野党修正案の形に戻すこと
2.黒川氏は賭けマージャンが発覚し辞任してしまいましたが、その定年延長閣議決定が違法なものであったことを確認し、撤回させること
3.そして、この定年延長の不自然な経過の全容を明らかにすること
の三つです。
黒川氏が辞任したため、黒川検事総長の誕生は阻まれましたが、違法な定年延長は正されていないのです。
4 異例の人事の経過を明らかにさせることが必要である
安倍首相は5月15日に櫻井よしこ氏が司会するインターネット番組の中で、黒川検事長の定年延長は法務省からの提案だと述べました。確かに、最後は法務省からの閣議請議がなされたかもしれません。しかし、その前に、官邸が法務省の提示した人事案を覆していたことが多くの新聞報道で確認されています。たとえば5月23日の読売新聞によると、「昨年末、稲田氏の了承を受けて法務・検察が官邸に上げた幹部人事案は、2月に定年を迎える黒川氏を退職させ、東京高検検事長の後任に林氏を据えるというものだった。林氏の検事総長就任含みは歴然だった。官邸がこれを退けると、逆に法務省幹部は稲田氏に2月で退任し、黒川氏に検事総長の座を譲るように打診した」が、「稲田氏は拒」んだとされます。そこで、「法務省は『苦肉の策」として、国家公務員法の規定に基づいて黒川氏の定年を半年延長する案を首相に示した。『定年延長はできるのか』首相がただすと、法務省幹部は首を縦に振った。1月31日、政府は閣議で黒川氏の定年延長を決めた。」と生々しく報じられています。
さらに詳細に見てみると、雑誌「ファクタ」の1月号によれば稲田氏は法務事務次官だった16年夏、刑事局長の林氏を自分の後任に、官房長の黒川氏を地方の検事長へ異動させる人事案を官邸に上げたが黒川氏を事務次官にするよう強く求められ、押し切られた、官邸は1年後にも林氏を事務次官とする人事を潰し、黒川氏を留任させたと報じられています。 法務省では、これまで一度として覆されたことのなかった上級検察官人事について、安倍官邸によって数年間にわたって、ことごとく覆されてきたという歴史が隠されていたのです。
今年の2月27日の衆院予算委員会の場で、森法務大臣は定年延長の経過を調査し、国会に報告することを約束しましたが、報告はいまもってなされていません。
5 黒川検事長定年延長を合理化するために国会提出直前に法案が書き換えられた
当初準備が進められていた公務員の定年を引き上げるための国家公務員法改正案でも、検察官は65歳に定年年齢が引き上げられ、役職定年制も盛り込まれることになっていましたが、前回ご説明したとおり、人事院見解をもとに、一般公務員に認められている定年延長や役職定年の例外措置は検察官には適用しないことが明記されていました。この法案では黒川検事長の定年延長の措置と矛盾するため、法務省は、解釈変更後の政府見解に基づいて、法案を大幅に書き換え、定年延長や役職定年の例外措置が書き込まれ、検察官の準司法官としての地位は法案説明から消えてしまったのです。
6 「これでは検察がダメにされてしまう」立ち上がった検察OB
この法案が成立すればすべての検察官は、63歳の段階でひらに戻るか、内閣に取り立ててもらって、役職を続け、さらに定年延長されるかの2つのルートに分けられることになっていました。こんなことになれば、政界の腐敗、大企業の企業犯罪などを、検察の手で立件し、司法の手で裁くことは著しく困難となることは、松尾元検事総長や、熊崎元特捜部長らの意見書に的確に指摘されています。元検察官たちは、これでは検察はダメにされてしまうという危機感から立ち上がったのです。最初の意見書を起案された清水勇男氏は、インターネットメディアの取材にも応じ、後輩の検事たちが自由闊達に仕事をできるようにと思いのたけを述べました。安倍首相の勝手な解釈変更の言動を「朕は国家なり」と述べたルイ14世になぞらえたことも印象深い比喩でした。
7 自民党政権も遵守してきた検察人事不介入の原則
実は、自民党、公明党は、戦後ながく司法と検察の独立を尊重し、法務省から稟議された次期検事総長の人事案をそのまま認め、これに介入することを自制してきました。松尾元検事総長らの意見書においても、このことは次のように確認されています。
「注意すべきは、この規定は内閣の裁量で次長検事および検事長の定年延長が可能とする内容であり、前記の閣僚会議によって黒川検事長の定年延長を決定した違法な決議を後追いで容認しようとするものである。これまで政界と検察との両者間には検察官の人事に政治は介入しないという確立した慣例があり、その慣例がきちんと守られてきた。これは「検察を政治の影響から切りはなすための知恵」とされている(元検事総長伊藤栄樹著「だまされる検事」)。検察庁法は、組織の長に事故があるときまたは欠けたときに備えて臨時職務代行の制度(同法13条)を設けており、定年延長によって対応することは毫(ごう)も想定していなかったし、これからも同様であろうと思われる。 今回の法改正は、検察の人事に政治権力が介入することを正当化し、政権の意に沿わない検察の動きを封じ込め、検察の力を殺(そ)ぐことを意図していると考えられる。」と述べているのです。
法案の審議に疑問を呈する意見は、自民党の重鎮である石破氏らからも述べられ、進退の窮まった官邸は、法案採決を見送らざるを得なくなったのです。
8 検察官の定年制度は準司法官の地位と密接に結びついている
そもそも、検察官による定年制は国家公務員に定年制が設けられる前の、1947年検察庁法制定時から設けられ、起源を異にする制度です。検察庁法・国公法の制定時から検察官の地位の特殊性は指摘されてきました。「検察官について公務員法の特例を認める必要がある理由(昭和22 10、10人捕)」という古い公文書があります。そこには、
「検察官が「準司法官」として、以上のような地位と職責を持ち、特殊な検察体制を構成している点から見れば、検察官は公務員法では一応一般職に含まれているけれども、その任免、転退等については、「特別職」である裁判官に準ずるものとして、法律を持って特別の待遇を定める(同法21条)必要があると言わねばならぬ。これが、公務員法の付則に検察官の特例を設けた理由である。」
とはっきりと書かれていました。
9 司法と検察の独立を回復するために
検察庁法改正反対運動は、安倍政権の下で進められてきた検察、司法に対する人事介入が司法機関と検察をゆがめ、政府高官による腐敗・違法行為を正すことができなくなっている現実を白日の下にさらしました。司法と検察の独立を取り戻す闘いは始まったばかりです。
新たに就任した林検事総長の下では、検察の姿勢にはわずかかもしれませんが、変化が認められます。政治の腐敗と社会的な巨悪の剔抉こそが検察の存在意義であり、この機能を欠いた検察は国民の信頼を得られないということを、検察組織が再認識した結果だと思われます。
検察庁による捜査が進められた河井夫妻の公選法違反事件の展開、安倍首相自身の森友事件、加計学園事件、桜を見る会事件に関する疑惑の解明と法的責任の追及、年末に新たに発覚した鶏卵汚職事件などの捜査などの行方を厳しく見守る必要があります。
小池征人監督の映画「免田栄 獄中の生」を見て
免田栄 獄中の生 映画製作・配給会社シグロ
映画「免田栄 獄中の生」とめぐり会う
去る12月5日、免田栄さんが95歳で亡くなられました。言葉には尽くすことのできない苦難の人生を送り、その中で人のいのちと社会の成り立ちについての認識に目覚め、えん罪の防止と死刑の廃止のアドボカシーとなられた免田さんの冥福を心からお祈りします。
私は、西日本新聞から再審と死刑についての取材に答える中で、資料を調べていて、映画「免田栄 獄中の生」のことを知りました。
免田さんの「獄中記」(1984年 社会思想社刊)は読んでいました。しかし、映画は未見でした。
アムネスティのホームページに詳しく紹介されていて、ぜひ見てみたいと私のフェイスブックに書いたところ、私が死刑再審に取り組んでいる事件について、長年支援をしてくださっている映画監督の山際永三さんが、この映画の製作に協力され、手元にビデオも保管されているとのことで、これをお借りして、見ることができました。
ひとことでいいますと、本当に素晴らしい映画でした。たくさんの死刑や監獄をテーマとした映画を見続けてきた私にとっても、この映画は、死刑・監獄について撮られた多くの映画の中でも5本の指に入るほどの名作であると断言します。
「獄中記」の記載でも補いながら、免田さんの史上初の死刑再審無罪がどのようにして成し遂げられたのか、またこの時期の免田さんの同囚のなかにも、判決の結論が疑わしいものが多く存在したこと、そして、同囚の助け合いを可能にした死刑確定者に対する比較的自由な処遇の実態を振り返ってみたいと思います。
獄中から神父に送り続けられた1000通の手紙
いうまでもなく、免田栄さんは、死刑確定者の中で再審が開始され無罪となった最初の人でした。免田さんは23歳で逮捕され、再審無罪となったときには57歳でした。実に34年6ヵ月の長い歳月を獄中で過ごしたことになります。
この映画は、免田さんが、獄中から潮谷総一郎神父に宛てて送り続けられた千通にも及ぶ膨大な手紙を基礎として、潮谷総一郎神父との出会いから、再審無罪までの年月を、免田さんに手紙を読み上げてもらい、自分の書いた手紙の内容に触発されてよみがえった記憶をそのままインタビューしていくという、独創的な手法で撮影されたものです。
当時の貴重な公文書も映されます。確定後に死体引き取りに関して刑務所からの家族あてに送られた手紙には死体の引き取りをしないときには火葬代金700円を請求すると書かれていました。幻の西辻決定といわれた、史上初の死刑再審を認めた第三次再審開始決定も、青焼きの謄本が保管されていました。
原則は免田さんがインタビューに対して答える映像です。しかし、免田さんの表情の変化と巧みな語り口によって、眼前には数十年も前の免田さんと仲間の死刑確定者たちの生活が、よみがえるような奇跡的な映画となっています。
また、節目節目に挟まれる免田さんの獄中で撮られた写真は、免田さんの内面の思索の深まりを物語っていて、極めて効果的です。この多くの写真が、誰によってどのようにして撮影することができたものかは映画の中では説明されていません。このような写真が撮り続けられていたこと自体が驚きです。逆に、現代の日本において、死刑判決を受けたものの獄中で撮られた写真が、存在しないということが、現代の死刑制度の秘密主義の徹底を物語っているといえるでしょう。
獄中で犬やカナリアを飼うことが許されていた
とりわけ私の目に留まったのは、未決の段階で、最高裁判決の3か月前に獄中で犬を抱いて撮影されている写真、確定後に、執行の恐怖から獄中で暴れ、革手錠を打たれている免田さんの写真、確定後に死の恐怖と闘いキリスト教の信仰に目覚めたころの、うずくまって険しい表情で何かを凝視している写真、第三次再審で再審開始決定を勝ち取り、そのお祝いに外国人神父から贈られた背広を着て撮影された写真(これは、素晴らしい写真で、お見合い写真にしたら花嫁候補が殺到しそうなほど、ハンサムに撮れています。)、獄中でカナリアを飼うことが許されていて、カナリアとともに撮影した写真など、本当にどれも驚くような貴重な写真が全編にちりばめられています。
昭和30年代の後半までの時期における死刑確定者処遇の牧歌的な状況が、浮かび上がってきます。
再審請求を闘うために必要だった条件
それでは、免田さんが再審請求を闘い続けることができた条件は何だったのかを考えてみましよう。
免田さんは、キリスト教の神父が死刑確定者たちに再審という制度があることを教えたことがきっかけで、再審に取り組み始めました。角教育部長は、そんな免田さんに「頑張りなさい。私も手伝ってやる」とやさしい声をかけ、罫紙数冊、鉛筆、石けん、タオルなどを差し入れてくれたことが獄中記には記されています(234頁)。
担当看守の配慮で、ある政治犯の独居に入れてもらい、六法全書を一緒に勉強しながら再審の書面の作成に取り組んだということも驚きです。この政治犯の方は、火炎瓶闘争で捕まっていた共産党の江口さんという方であることが「獄中記」には記されています。そして、潮谷神父は免田さんに聖書と500円を与えました。きちんとした用紙と筆記具を買いそろえるためでした(獄中記230頁)。
再審開始の決め手となった、アリバイを証明するための証人の供述は、潮谷神父の依頼で小倉まで証人を探しに行ったくれた、全く見知らない人の努力のたまものでした。そして、弁護士費用は免田さんの父が財産を投じて資金を工面し、弁護士を選任することができたのです。
再審の闘いは免田さんの不撓不屈の精神によって始めた成し遂げられたものですが、多くの人々の支えがなければ、再審を請求することも、これを続けることもできなかったのです。
再審開始決定後の同囚の対応から、死刑確定者も自分と変わりのない人間だという認識にたどり着いた免田さんの死刑廃止論の重み
第三次再審で再審開始決定(幻の西辻決定)をもらい、喜んだ免田さんは、次の瞬間には身構えます。「周りは死刑囚たち、自分だけが再審開始をして、ねたんだ同囚たちに何をされるかわからない」と考えるのです。しかし、あくる日には、免田さんの再審開始決定を知り、喜ぶ確定者と被告人までが房から出てきて免田さんを胴上げしてくれたというのです。その中には涙を流して喜んでくれた確定者もいたということです。感激の涙を共に流した免田さんは、この日を境に仲間の死刑確定者たちに対する見方を変えます。死刑囚を野獣のように見ていた自分の考えは間違っていたことを悟り、彼らも同じ血の通った人間なのだと考えを変えたのです。
また、再審が開始され、それまで憎らしく思い続けてきた拘置所の幹部から、死刑執行をしなくてもよくなったことに感謝され、冷酷だと考えてきた職員にも同じ人間の血が流れていると知ったと述べています。
死刑の再審を求める過程で、免田さんの人間観が大きく変化していく過程が、免田さんの語り言葉の中で明らかにされています。
死刑確定者集会で 「免田君 君の言っていたことは本当だったね。」と声をかけてくれた他の確定者が、それぞれの判決について漏らす疑問にも耳を傾け、その再審申し立てを助けるようになるのです。
「34年半の獄窓生活の中で、わたしが手をにぎって死刑台に見送った人びとは70人くらいだと思う。昨日も今日もというときもあったし、一日に二人ということもあった。死刑台に多くの人を見送っての結論は、やはり死刑はあってはならぬ、いうことである。国家による殺人は、あまりにも残酷だ」(免田栄/獄中記)
という言葉は、このような具体的な体験に支えられています。映画には克明に一人、一人の主張を記録されたメモが紹介されています。この部分が免田さんの死刑廃止の主張の大きな論拠となっています。
またこのメモの内容をさらに詳しく紹介した「免田栄 獄中ノート―私の見送った死刑囚たち」が2004年に出版されています。
「獄中記」は版元がなくなっており、中古でも高値で手が出せないという声がありましたが、インパクト出版会から「獄中ノート」が2004年に刊行されています。買って読んでみました。再審の過程の叙述の端々に、免田さんの思想が盛り込まれ、また、獄中で見送った同囚に関する部分について詳しく書き記しています。
彼が見送った死刑囚の中にも、冤罪を訴えた人が少なからずいました。お金が続かず再審を諦めたり、再審が棄却されたあとに処刑されていきました。映画の中では獄中で最も親しくなった友人である死刑囚の処刑を見送った直後の神父に宛てた悲しい悲しい手紙も読み上げられます。
えん罪を自らの力で晴らした死刑確定者が、数多くの死刑確定者と親交を結ぶ中でつかみ取った確信に支えられた免田さんの死刑廃止論には千鈞の重みがあると思います。
獄中ノートの後半には、無罪が確定した後も続いた周囲の偏見、年金もない苦難の生活、さらにヨーロッパ評議会がフランスのストラスブールで開催した第一回死刑廃止大会(2001年)に招聘され、演説をした忘れ難い経験なども載っています。この大会には、私の連れ合いの福島みずほが国会議員として参加し、免田さんがヨーロッパ評議会の人権委員会で、みずほさんはヨーロッパ評議会の議会で演説したことが報告されています(『獄中ノート』165ページ)。映画「獄中の生」の印象的な写真のうちの何枚かも本の中で紹介されていました。お買い得だと思います。
今日、この映画を広めることには3つの意義がある
この映画は、えん罪の恐ろしさとこれを晴らすことの難しさ、たくさんの人々の支えがなければ再審開始までたどり着くことは難しいこと、昭和38年通達前の死刑確定者処遇は、本当にのびのびとしていてカナリアが飼えたり、共同の活動がたくさん保障されていたこと、共同での運動が許され、皆で野菜を育てたり、野球までしていたことが語られています。
そして、再審無罪を勝ち取った本人から、無罪ではない死刑確定者に対する刑罰としても、死刑は残酷な刑罰であることが説得力をもって語られています。この映画は、死刑確定者の命の大切さを語り、これからの死刑廃止のための活動に大きな根拠を与えてくれるでしょう。この映画が作られたのは、1993年、3年4か月にわたって停止されていた死刑の執行が再開された年でした。
再審法改正の活動にも、大きな武器を与えてくれます。西辻決定に対する即時抗告が法的に許されなければ、免田さんは20年以上も早く自由を回復できたはずです。国家賠償請求の過程で新たに開示された証拠が、この事件でも再審開始の決め手の一つとなっています。
さらに、死刑確定者の処遇を改善するための活動にとっても、かけがえのない武器となるでしょう。現状は昭和30年代と比べても、はるかに退歩した状況です。
映画「免田栄 獄中の生」は、人間免田栄の人格の発展とその思索の深まりを、生き生きと描き出しています。潮谷神父に宛てた1000通の手紙が手元にあったからこそできたことですが、手紙に基づくインタビューによって、数十年前の拘置所の中での免田さんや仲間の死刑囚の姿が目に浮かんできます。このような映画芸術の力に、本当に驚愕しました。これは、免田さんが現代の私たちに遺してくれた宝物です。
各地でのさまざまな集会に合わせた上映運動や映画会社にお願いしてDVD化や動画配信でも見られるようにできないか、この映画を広めることを取り組んでみたいと感じました。ぜひ、たくさんの人たちに共有されることを望みます。ご一緒に取り組んでくださる方がいればうれしいです。
2021年01月06日
監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、 プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める意見書
2020年12月22日
意見書
-監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、
プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める-
秘密保護法対策弁護団
目次
意見の趣旨
意見の理由
第1はじめに
第2深まる警察監視社会化
1共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった
2制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある
3監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる
4官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している
5警察組織の政治的中立性が破壊されている
第3今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関
1プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる
2GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務
3自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた
4ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関
5アメリカにおける秘密指定解除の仕組み
6ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動
7特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である
第4デジタル庁関連一括法案の予測される内容
1デジタル庁にはかなりの準備の歴史がある。
2デジタル庁は、監視社会の完成のための国・地方・企業のデジタルインフラの共通化を目的とするものではないか
3 デジタル・ガバメント実行計画のポイント
第5省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念
1 菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか
2多くのカードの統合化され、データの突合が検討されている
3急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護の仕組みがどのように作られていくのかは不透明である。
4提出されるデジタル庁法案について検証しなければならない人権保障上の問題点
第6まとめ
附録Ⅰ2017年10月6日日弁連人権擁護大会決議(個人が尊重される民主主義社会の実現のため、プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議)
附録Ⅱデジタルガバメント実行計画
附録Ⅲマイナンバーカードを活用したカードのデジタル化の工程表
意見の趣旨
1 現在政府が来年の通常国会に提出を準備しているデジタル庁関連一括法案は、我が国における個人情報・プライバシー保護のシステムを根本的に改変するものとなる可能性がある。デジタル・ガバメント実行計画や法案準備作業に係る文書は、内閣府のHPに公開されているが、政府は、市民の人権保障に対して重大な影響を及ぼす法律案について、その法案の骨子・要綱、ディスカッションするべきポイントなどをまとめて、早期に市民と国会議員のために議論の素材を提供するべきである。
2 日本には、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しない。監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPR(「EU一般データ保護規則」(GDPR:General Data Protection Regulation)とは、個人データ保護やその取り扱いについて詳細に定められたEU域内の各国に適用される法令のことで、2018年5月25日に施行された。主な内容は以下の通り。
・本人が自身の個人データの削除を個人データの管理者に要求できる・自身の個人データを簡単に取得でき、別のサービスに再利用できる(データポータビリティ)・個人データの侵害を迅速に知ることができる・個人データの管理者は個人データ侵害に気付いた時から72時間以内に、規制当局へ当該個人データ侵害を通知することが求められ、また、将来的には本人への報告も求められる。・サービスやシステムはデータ保護の観点で設計され、データ保護されることを基本概念とする・法令違反時の罰則強化・監視、暗号化、匿名化などのセキュリティ要件の明確化)にならって、巨大IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることがデジタル庁を設置するよりも先決である。
3 とりわけ、危惧されるのは、政府文書において個人情報の第三者提供について、「データ共同利用権」が提唱されていることである。「データ共同利用権」については、デジタル庁に関する検討文書において、「データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、データ利用を認めるものとすること。」と示されている。
GDPR(EUデータ保護規則)においても、個人の同意を必要とする個人情報保護原則の取り扱いが核とされている。これが軟化される危険性があり、また、マイナンバーカードに、運転免許証と保険証をはじめとして多くのカード機能が付加され、またマイナンバーカードをスマホに搭載することも検討されている。多くの情報が突合・検索されて、個人のプライバシーがデジタル庁に統合・集中される可能性がある。
4 デジタル庁は、「首相直轄の組織」として内閣府に置かれるが、内閣官房におかれた内閣情報調査室という情報機関と緊密な関係を持つことが予想され、デジタル庁が集約した情報は、内閣情報調査室を介して警察庁・各都道府県警察と共有される可能性が否定できない。すくなくとも、このことを抑止するシステムが必要であるが、このような提案は法案の説明資料にはない。
5すくなくとも、情報の不適切な収集と共有を未然に防止するとともに、情報が適切に利用されていることを監視することができるためのシステムが必要である。日弁連などは、これまでも、情報機関(日本にはCIAのような中央情報機関はまだないが、公安警察、自衛隊の情報保全隊、法務省の公安調査庁、内閣情報調査室などの情報機関がある。)の活動、特定秘密指定などについて、政府から独立した監視機関を設立する必要があることを提唱してきた。デジタル庁を設立するのだとすれば、すくなくとも、同時にこのような機関を、作るべきである。
6特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正勧告できる機関が必要である。
特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえない。独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られない。全く独立性が欠けている。
これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱心に活動している。しかし、同審査会で多数を占める与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっており、限界がある。
そのため、特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正勧告できる機関が、我が国においても必要である。アメリカ、ドイツやオランダには、国が秘密指定している情報や情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていればこれを公開させ、あるいは、誤った個人情報が収集されていればこれを訂正させる権限を持ったさまざまな国家機関が活動している。
また、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価のために収集された機微情報の管理について、適切に行われる体制が作られているかどうか(特定秘密保護法16条参照)またこれらが適切に運営されているかどうかを検証できる仕組みが必要である。
国の国家秘密に関する活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要である。
そして、これらの委員には、人権NGOのメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者などが任命されることが望ましい。デジタル庁を創設するのであれば、その創設と同時にこのような機関を設立することは絶対不可欠である。
意見の理由
第1はじめに
私たちは、安倍政権の下で制定された人権侵害の可能性の高い法律が制定された後に結成された、対策弁護団である。
まず、私たち共謀罪対策弁護団は、2017年に成立した共謀罪法が刑事法規の予測可能性を破壊し、人々の自由な行動、さらには自由な意見表明を抑圧し、民主主義的な社会の存立自体を危うくすることを危惧し、共謀罪法の廃止と、もし共謀罪法が適用された場合の弁護に取り組むことを目的に、共謀罪対策弁護団を設立した。
私たちはなぜ共謀罪に反対したのか。共謀罪は、人と人との「合意」を犯罪化するものであり、何が犯罪となるかの外延を不明確とするものである。一般市民にとって合法的な行動の範囲が、わからなくなり、刑罰法規の「予測可能性」が失われる。恣意的に逮捕されたり、罪に問われる可能性がある。
また、私たち秘密保護法対策弁護団は、2013年に成立した特定秘密保護法が、政府の重要な活動を秘密のベールで閉ざし、これを明らかにしようとする市民・ジャーナリストの活動を萎縮させることを懸念し、同法の廃止を求めるとともに、その運用状況を監視し、もし特定秘密保護法違反の刑事事件が立件された場合の弁護に取り組むことを目的に、秘密保護法対策弁護団を設立した。
秘密保護法制定から7年、共謀罪法の制定から3年半が経過するが、同時に制定された証人買収罪はIR汚職事件で秋元司議員に対して適用されたものの、秘密保護法違反・共謀罪の適用例はない。本当に秘密保護法・共謀罪のような極端な立法が必要だったのかあらためて問い直し、国会にその廃止の検討を強く求めたい。
第2深まる警察監視社会化
1共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった
2012年に誕生した安倍政権は、まず特定秘密保護法を制定した。これを進めたのは、公安警察出身の官邸官僚である内閣情報官(当時)の北村滋氏であった。共謀罪は、国際的組織犯罪防止条約に基づき創設されるものであると政府から説明されたが、そもそも、この条約はマフィア対策、テロ対策の条約ではない。この条約は、組織犯罪集団への参加又は重大な犯罪の共謀の処罰を求めたものである。2003年に政府は共謀罪法案を国会に提案(必要性はないが、条約批准のためにとの説明)したが、この時点での共謀罪法案の推進勢力は、外務省と法務省であった。2005/6年には国会審議が始まったが、日弁連などの強い反対もあり、法案は廃案になった。民主党政権下では、共謀罪法なしに条約を批准する途も模索された。そして、その後、共謀罪法の制定を目指す推進力となったのも、やはり北村氏であった。
2 制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある
2015年に改正された盗聴法(通信傍受法)が2019年6月1日から全面的に施行された。盗聴法が2000年に制定された際、私たちは大きな反対運動を組織して、これに抵抗した。反対運動の効果もあり、対象犯罪は覚せい剤などの薬物と銃器の取引、組織的殺人、集団密航の4種類の犯罪に限定した。また、傍受が適切に行われることを確保するために、NTTなど通信事業者の常時立ち会いを義務づけることとした。
このような強い規制により、通信傍受を行った事件数、令状の発布件数は少しずつ増えてきたが、激増するには至っていなかった。
2015年改正では、新たに、9つの犯罪(窃盗、詐欺、殺人、傷害、放火、誘拐、監禁、爆発物、児童ポルノ)盗聴可能犯罪として追加された。この中の窃盗と詐欺は、刑務所に入っている人の数でいえば圧倒的な多数で、犯罪件数では年間100万件を超えている。
また、手続きも緩和される。具体的には、通信事業者は令状に示されたすべての通信を録音し、これに暗号をかけて、警察署に送信する。警察官は、警察署内でいつでもこの暗号を解いて、傍受された通信を聞いたり、見たりすることができる。そして、この暗号化の方法を用いれば、外部の事業者の立会なく、都道府県の警察本部や検察庁で居ながらにして直接盗聴できることとなった。このような制度改正により、これまで必要以上の盗聴が規制されていた歯止めが破られ、その実施件数が飛躍的に拡大する危険性がある。なお、盗聴の実態は国会に報告されることから、国会がこれを注視し、野放図な拡大を食い止めることを期待したいが、実際には大きな壁がある。
3 監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる
西日本新聞(2019/8/24 6:00西日本新聞国際面)の報道によると、「世界120都市の防犯・監視カメラの設置状況について英国の調査会社コンパリテックが調べたところ、住民千人当たりのカメラ設置台数(設置率)が多い上位10都市のうち8都市を中国が占めた。現在約2億台ある中国の監視カメラが2022年までに6億2600万台へ大幅に増加するとの推計も示し、監視社会が進む実態を指摘した。同社の報告書によると、監視カメラの設置率が最も高い都市は中国の重慶で、千人当たり168台に上った。2位は深圳(千人当たり159台)、3位上海(113台)、4位天津(92台)、5位済南(73台)と続いた。6位にロンドン(68台)が入ったが、7位は武漢(60台)、8位広州(52台)、9位北京(39台)と中国の都市が上位をほぼ独占した。10位は米アトランタ(15台)だった。少数民族ウイグル族への抑圧政策の一環として、多数のハイテク街頭カメラによる監視が指摘されるのは、中国新疆ウイグル自治区のウルムチであり、その設置状況は千人当たり12台で14位だった。公表された上位50都市に日本の都市は含まれなかった。」とされている。
中国の監視カメラは、顔認証技術と連動し、反政府活動や民族主義運動を行う市民は徹底的に監視されている。一般市民の中には、治安が改善したとして歓迎する声もあるというが、そもそも異を唱えることが不可能な状況になっているともいえる。香港市民が逃亡犯条例に反対し、必死のデモを続けているのは、中国の監視システムに呑み込まれてしまうことを恐れているためであろう。このような中国の現実は、他人事ではない。手をこまねいていれば、日本も同じような状況となる可能性がある。
4 官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している
2018年末に「官邸ポリス」と言う題名の本が講談社から出版された。著者は「東京大学法学部卒業、警察庁入庁、その後、退職」とだけ、紹介され、経歴も年齢もわからない。内容は、安倍政権に奉仕する官邸内の警察官僚をはじめとして、外務省、財務省、警視庁、さらには報道機関などの生々しい実態が描かれている。この本は、政権に奉仕し、政権をコントロールさえしようとしている、杉田官房副長官(内閣人事局長を兼務。1997年当時内閣情報調査室長)と北村滋内閣情報官(当時)ら官邸ポリスを告発するために、書かれた内部告発本のようだ。
2019年6月の毎日新聞のインタビューで、前川喜平元文科事務次官は、『この本が本当だとしたら、現代の特高警察だと思いますよ。私は2016年の9月か10月ごろ、警察庁出身の杉田和博官房副長官から官邸に呼び出され「新宿の出会い系バーというところに行っているそうじゃないか」と言われた。「週刊誌から聞いた話だ」と。それなら週刊誌が私のところに来るはずですが、来ませんでした。…菅さんが総理になれば、もっとひどい警察国家、恐怖政治になるのではないかと懸念しています。…そういえば杉田さんに官邸に呼ばれた時、「○○省の○○次官にもそういうことがあったよ」と言われたんです。それで「みんな尾行されているのかな」と思った。弱みを握られている人は役人だけではなくて、与野党の政治家の中にも、メディアの中にもいるかもしれない。そう思いました。』と述べている(毎日新聞2019年6月20日これが本当なら「現代の特高」…前川元次官が語る告発ノベル「官邸ポリス」のリアル)。まさに、当時の安倍・菅官邸が、公安警察が集めた個人情報によって、政治家や官僚の弱みを握って黙らせるという、独裁的な政治を進めていることが、元事務次官から告発されたといえる。
5 警察組織の政治的中立性が破壊されている
2019年7月15日、札幌で参院選の演説をしていた安倍首相にヤジを飛ばした市民が強制排除されるという事件が発生した。総理に不快な思いをさせないために、総理の演説に対するヤジは取り締まるように、全国の警察組織に対する指令が出ていたとすれば、このような警察権の行使は明らかに警察法2条違反である。
総理の目となり、耳となって官邸を支える内閣情報調査室は、実質的には警察機構のトップに君臨しながら、警察組織ではないという理由で、警察法の軛を免れ、官邸の私兵と化している。そして、安倍政権で長く内閣情報官を務めてきた北村滋氏が、国家安全保障局の局長に就任した。官房副長官の杉田氏が内政を、国家安全保障局長の北村氏が外政を担当することで、菅政権の下で両名とも留任している。官邸は、警察出身者に完全にコントロールされている。これにデジタル情報を集約したデジタル庁が加われば、戦前の「内務省」の悪しき部分を現代的に復活させるような怪物機関が誕生する恐れがある。
第3 今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関
1 プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる
共謀罪の法案審議が頂点を迎えていた2017年5月、国連人権理事会の任命するプライバシー問題に関する特別報告者であるジョゼフ・カナタチ氏が、この法案が刑事法に求められる明確性を欠いていること、市民のプライバシー侵害を拡大する恐れがあるにもかかわらず、その歯止めを欠いていることを指摘する公開書簡を安倍首相に送った。
カナタチ氏は同年10月2日に来日され、日弁連における講演で、プライバシー保護のためのセーフガードについて、①監視システムは、使用前に法律によって定められなければならず、実際の監視が行われる前に、事前の独立した認可を受けなければならないこと、②国家による個人の行動の意図的な監視は、対象を特定し、合理的な疑いに基づいてのみ可能であること、③国際的な監視システムが必要であることなどを提言されている。
カナタチ氏によって示されている条件は、極めて具体的で、日本でも、実施可能なものである。私たちも、ドイツやオランダなどのプライバシー保護の先進国に学ぶ必要がある。情報警察活動に対する市民的な監視を強化していくことも、私たちに課せられた重要な課題である。
2 GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務
グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどの巨大IT企業が集めた個人情報ビッグデータが商業活動だけでなく捜査機関による市民監視にも使われている。このことについては、スノーデン氏の告発によって、アメリカ政府が世界中から集めたデジタル情報を検索できるプリズムシステムやXkeyScore(スノーデン氏がメディアに提供した文書により、NSAが日本の情報機関などに対し、インターネット上の電子メールなどの情報を収集・検索できる「XKEYSCORE」と呼ばれる監視システムを提供していたことが明らかになったと2017年4月にNHKが報じている。)などのシステムの存在が世界的に明らかにされた。
また、共同通信などの調査報道によって、検察庁が、約300の企業などのリストをつくり、捜査照会を利用し、個人情報を取得していることが、明らかになった。リストには、航空、鉄道など交通関係の会社、コンビニ、スーパー、家電販売店、携帯電話会社などさまざまな企業名が載っているという。このリストは、警察の協力のもとにつくられた。捜査機関が、捜査関係事項照会制度を利用し、裁判所の令状なしで個人情報を取得していたのである。
これに対して、EUでは、GAFA規制を主たる目的として、GDPR指令が制定され、市民のプライバシー保護が図られようとしている。しかし、日本では、個人情報保護委員会は民間企業の規制の権限しかない。2019年9月、リクナビが学生の同意を得ないまま内定辞退率の予測データを顧客企業に販売していたことが発覚し、同委員会が、リクナビに厳しい勧告を行った。しかし、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しない。監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPRにならって、巨大IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることが急務となっている。
3 自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた
2020年春に予定されていた自由権規約委員会の審査のために、委員会が日本政府に示した事前質問リストの第9項は、「有事及びテロ対策」が取り上げられ、自民党の憲法改正案の緊急事態条項が取り上げられている。その後に、①共謀罪法における「組織的犯罪集団」、「計画」及び「準備行為」等の共謀罪の構成要件が、法的安定性及び予測可能性の原則を遵守していないこと、②共謀罪法の別表4に含まれる277 の新たに設けられた犯罪にはテロリズム及び組織的な犯罪とは明らかに無関係な犯罪が含まれていること、③表現等の自由が不当に制限され、自由権、公正な裁判を受ける権利が侵害されるおそれがあること等の懸念に対する返答を求めている。
さらに、特定秘密保護法は2014年の委員会の総括所見( Alt_Rep_JPRep6_ICCPR_ja180308.pdf
(nichibenren.or.jp))にも取り上げられ、「締約国は、特定秘密保護法とその運用が、規約第19 条の厳格な要件に合致することを確保するため、あらゆる必要な措置をとるべきであり、特に次の事項を保障すべきである。(a) 特定秘密に指定され得る情報のカテゴリーが狭く定義されること、かつ、情報を求め、受け及び伝える権利に対するいかなる制約も、国家安全保障に対する特定かつ同定可能な脅威を防止するためのものであって、法定性、比例性及び必要性の原則に合致するものであること。(b) 何人も、国家安全保障を害することのない正当な公共の利益にかなう情報を拡散・頒布したことについて罰せられないこと。」と勧告されている(同23項)。
今回の審査でも秘密保護法は、再度質問リストに挙げられている。第25項では、総括所見にある事項だけでなく、「秘密保護法によって設立された監視メカニズムは十分に独立し、指定された情報にアクセスできるものとなっているかが質問されている。、コロナ禍のために延期されているが、特定秘密保護法や共謀罪、監視捜査の規制などが取り上げられる可能性があり、国内の制度の改善に役立つ可能性がある。デジタル庁創設にあたっても、これら自由権規約委員会から提起されている問題点に対応した関連法案の策定が求められている。
4 ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関
特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえない。独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られない。全く独立性が欠け、監視監督の熱意に欠けている。監視機関の体をなしていない。
これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱心に活動している。しかし、例えば、参院の情報監視審査会では2019年の報告書によれば、国家安全保障会議と防衛省の特定秘密を開示するように動議が提出されたが、三対五の多数決で否決された。与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっている。また、衆院の情報監視審査会でも、国家安全保障会議の四大臣会合の議事録提示は困難と答弁されたと報告しており、同審査会の権限の行使に制約があることが示されている。
5 アメリカにおける秘密指定解除の仕組み
アメリカでは、同国が「秘密大国」と呼ばれるように、膨大な情報が秘密指定されているが、他方で、政府が秘密の闇に閉ざされないような仕組みも整備されている。
まず、次の目的で行う機密指定は禁止されている(大統領令1.7条(a)項)。
(i)法令違反、非効率性の助長又は行政上の過誤の秘匿
(ii)特定の個人、組織又は行政機関に問題が生じる事態の予防
(iii)競争の制限
(iv)国家安全保障上の利益の保護に必要のない情報の公開を妨げ、又は遅延させること
次に、アメリカでは複数の秘密指定解除の仕組みがある。その仕組みの中で重要な役割を担っているのが、ISOOとISCAPである。情報保全監察局(Information Security Oversight Office)は、国立公文書館の部局として設置されている。情報保全に関する行政監察権限とともに、行政機関に対する機密解除請求権が付与されている(国立国会図書館「調査と情報」6頁)。
省庁間機密指定審査委員会(Interagency Security Classification Appeals Panel)は、機密指定に関して重大な役割を担う行政機関の代表者(国務省、国防総省、司法省、国立公文書館、国家情報官室及び国家安全保障問題担当大統領補佐官から同委員会の構成員として任命された幹部レベルの代表者並びに必要に応じ中央情報局長官が指名する非常任の代表者)による合議制機関であり、審査請求に対する裁決等を行う(前掲「調査と情報」6頁)。
他方、日本の特定秘密保護法4条は、秘密の解除と有効期間について定めているが、特定秘密を最終的に公開するための確実な法制度となっていない。30年以内の保存期間のものであれば、闇の中で廃棄してしまうことが可能な仕組みとなっている。また、日本の公文書管理法は2009年に制定されたが、多くの特定秘密が市民の目に触れることなく廃棄されることとなる可能性がある。このことは、平成29年衆院情報監視審査会報告書でも指摘されている(衆議院欧米各国の情報機関に対する議会監視等実情調査団報告書に添付されていた「2012 Annual Report to the President」9頁の翻訳による。)。
日本においても、アメリカにおける次のような秘密解除の仕組みを参考に、秘密解除の実効性のある仕組みを構築していかなければならない9。
(1)自動秘密指定解除
情報の作成から25年が経過した各暦年の12月31日に、当該情報の秘密指定を解除するもの
(2)体系的秘密指定解除審査
自動秘密指定解除を免除された記録に対して義務付けられているもの
(3)裁量的秘密指定解除審査
解除による公益が秘密指定を継続する必要性より大きくなった場合、または、省庁が、情報の保全はもはや不要となり、早めに秘密指定解除できると判断した場合に行われるもの
(4)強制的秘密指定解除審査
国民からの請求を受けて、情報の秘密指定解除を行うかどうかを直接的かつ特別に審査するもの
ISOO「2015
REPORT TO THE PRESIDENT」10、14頁によると、2015年に自動秘密指定解除により秘密指定解除されたのは3,604万2,022頁、体系的秘密指定解除審査により秘密指定解除されたのは70万6,859頁、裁量的秘密指定解除審査により秘密指定解除されたのは3万708頁である。また、強制的秘密指定解除審査により、全部秘密指定解除されたのが24万717頁、一部解除されたのが10万9,349頁となっている。十分かどうかは置くとして、一定数の秘密指定解除がなされ、秘密指定された情報が事後的に検証可能な状態となっている事実が浮かび上がる。
6 ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動
日弁連は、2017
年6月13 日に、ドイツ連邦共和国のボンにある連邦データ保護コミッショナーを訪問し、ガブリエール・ルーフナー氏(警察・情報機関のデータ保護にかかる部署の課長)らと面談し、ドイツ連邦における市民の情報監視・監視カメラ等の状況について調査した。以下は、その際の聞き取り調査報告書(日弁連ホームページで閲覧可能)の要約である。
〇連邦刑事局では、分野別(薬物犯罪、左翼過激派など)にデータ管理をしてきた。しかし、これが2018 年発効の法律で、個別データが廃止されることになる。今までのやり方は、この分野におけるデータ(例えば薬物犯罪)を作る場合、こういう目的でデータを集める、具体的にどのようなデータを保存するのかについて、細かく規定していた。それを連邦データ保護コミッショナーが監督していた。
〇現在上がってきている連邦刑事局法改正案では、個別データの作成ということをなくし、一つの大きなデータとして扱うことになる。そこで問題なのは、①余りにもグローバルなものになり、個別具体的な目的が不透明になる、②連邦コミッショナーがデータを作成する前に監督に入ることがなくなる、さらに、③監督そのものが難しくなることである。③については、目的がはっきりしていないので、保存されている人のデータが、法に抵触しない形で保存されているかどうかの監督が難しくなることを連邦データ保護コミッショナー意見書で指摘した。
〇一度こういうデータに入ったらなかなか削除してもらえなくなってしまう。これまでは、犯罪データの中に数年間データとして入って、その後削除されていた。しかし、大きなデータの中に入ると、他の人と何らかの関連があると、関連がある人がデータに残っている限り、ずっと残ってしまう。大きなデータベースになると、どこで、どのように、何がつながっているのか、容易に比較できるようになる。これは、警察側の大きな目的の一つであり、連邦警察、州警察、憲法擁護庁の共同データベースもある。根拠は「共同データベース法」である。
〇ドイツでは、警察と情報機関の分離原則がある。これは、第三帝国時代のゲシュタポの反省も込めて、必ず分離しないといけないという原則である。テロ対策データベースと、右翼過激派データベースが、共同データベースになっている。
〇2013 年~2014 年当時、連邦憲法擁護庁、警察の共同データベースの中の、特に、暴力的でかつ過激派である人のデータベースの中に、絶対にこのようなデータベースに入らないような人も入っていた。核廃絶運動の参加者で、デモに参加しただけで、データベースに入っていた例もあった。これは非常に問題であるとして削除してもらった。
〇連邦憲法裁判所が常に強調していることは、あることに反対であると表明すること、例えばデモに参加するということ、それは政治的な主張であって、法治国家を破壊することではないということである。
〇監督する場合に注目していることは、いわゆる関係者(過激派や重度の犯罪者と何らかの接触がある人)は、接触しているだけであって、実際にその人が犯罪者であるとかテロリストであることを知らないで、社会的なコンタクトをしている場合がある。
〇相手が何者かわからないで接触している人はそれがわかった段階でデータから削除しないといけない。実際に活動を直接的、間接的に支援している場合にはデータに残しても良いと規定されている。
〇憲法擁護庁は、警察より早い段階からデータ収集を始める。市民は、憲法擁護庁の秘密裏の監視の対象となっているか知らないということがほとんどである。そのため、独立した監督機関が重要になる。
〇連邦刑事局と税関刑事庁(麻薬の密輸などの犯罪を担当)のデータベースを連邦データ保護コミッショナーが、各州警察のデータベースを州データ保護コミッショナーが監督するということを行った。
〇人員などについては、州は規模によって違う。例えばブレーメンは19 名だけである。連邦データ保護コミッショナーは、今110 人程度である。年末に170 人に増員することが決まっている。例えば、EUのデータ保護規則発効に向けて、人を増やしてくれないとできないと要求している。
〇テロ対策データベースを作っていく作業は秘密裏に行われるので、市民は抵抗することもできない。そこで、連邦データ保護コミッショナーによって、市民に代わって役割を果たす義務が、連邦憲法裁判所によって課せられている。
〇2013 年4月24 日のテロ対策データベース判決は、連邦データ保護コミッショナーにとっては最高の判決である。2016 年の連邦刑事局法の判決の中でも、監督の重要性が述べられている。実際にこの数年間で、憲法裁判所が、非常にデータ保護の立場に立ったすばらしい判決を出している。
〇連邦データ保護コミッショナーは、創設されてから連邦レベルの機関が監督対象だったので、憲法擁護庁、軍事諜報局、連邦情報局などが対象となる。データを見ることができる職員は、セキュリティチェックが済んでいる人で、レベル2の人が普通だが、トップシークレットの内容を扱うレベル3の人もいる。しかし、見てはいけないデータベースも実はある。
〇それを監督できるのが、連邦議会に設置されている基本法10 条審査会である。ある監視措置の監督について審査が必要という場合、基本法10 条審査会に審査を申請し、基本法10条審査会に報告が行われることが必要である。基本法10条審査会の措置が理由で憲法擁護庁が更に情報収集をした場合、それを誰が監督するのかという問題が残っている。
ドイツにおけるデータコミッショナー制度は、デジタル庁の創設にあたって、日本でも参考にするべき制度である。同様の監督機関はEU各国で創設されつつあり、オランダにも、情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていれば公開させ、誤った個人情報が収集されていれば、これを訂正させる権限を持った機関が活動している。
他方、日本では、このような機関は皆無であり、情報機関の活動は深い闇に覆われ、これを適切に監視・監督する政府機能は皆無である。
7 特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である
以上に見たように、アメリカには情報機関の活動を監督する複数の機関が活発に活動し、オランダ・ドイツでは情報機関の監督機関が活発に活動している。日本でも、特定秘密の指定状況や情報機関の集めた情報の中身を見て、これを是正勧告できる機関が必要である。
国の秘密情報活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要である。そして、これらの委員には、人権NGOのメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者などが任命されることが望ましい。
仮にデジタル庁を作るという政府の動きを止めることが難しいとすれば、すくなくとも、デジタル庁の創設と同時に、特定秘密の指定並びに情報機関及びデジタル庁の活動に対して監視する独立監視機関を作ることが、絶対に不可欠である。
第4デジタル庁関連一括法案の予測される内容
1 デジタル庁にはかなりの準備の歴史がある。
2000年にIT基本法の制定、2014年にサイバーセキュリティ基本法の制定とサイバーセキュリティ戦略の策定・戦略本部の設置、2016年には、官民データ共用推進法の制定と官民データ活用推進基本計画の策定・戦略会議の設置が行われている。
2019年5月24日、行政手続きを原則として電子申請に統一するデジタルファースト法が、参院本会議で可決、成立していた。デジタルファースト法は、次のことを目標としていた。
①
行政手続の原則デジタル化=デジタルファースト
②
一度提出した情報は二度提出することを不要とする=ワンスオンリー
③ 官民手続を一度に済ます=ワンストップ
2デジタル庁は、監視社会の完成のための国・地方・企業のデジタルインフラの共通化を目的とするものではないか
(1)デジタル庁のセールストーク
1)経済・生活:台湾の保健省は、デジタル化によってマスクの購入を調整
2)行政:厚労省の雇用調整助成金の申請システムのトラブルが頻発
3)働き方:コロナ禍でも書類に押印するためだけに出勤、政府間会議でもシステムの違いでオンライン会議の開催が困難
コロナ対策でPCR検査が進まないことの背景にも、政府のITが恐ろしく時代遅れになっている事情がありそうで、何とかしてほしいと思っている方も多いと思う。現在内閣府のIT室に160名(半分は各省庁、半分は民間)が勤務しており、このIT室がそのままデジタル庁になっていく可能性があるとのことである。
(2)菅首相以下が説明するデジタル庁創設の公式の目的
1)マイナンバーカードの活用・拡大
2)迅速な給付の実現のため預貯金口座とマイナンバーの紐付けをすすめる(現時点では、強制ではないとしているものの、いずれ強制されるようになることは目に見えている)。
3)コロナ禍でオンライン化した学校の授業や病院の診療を今後も続ける。
4)国と地方のデジタル基盤の構築
3デジタル・ガバメント実行計画のポイント
安倍政権下では2019年12月「デジタル・ガバメント実行計画」が閣議決定されていた。その概要は、附録Ⅱに示した通りである。
国、地方公共団体、民間を通じたデジタル・ガバメントを推進し、行政の在り方をはじめ社会全体をデジタル化することが目的であり、「すぐ使えて」、「簡単」で、「便利」な行政サービスで、利用者にとって、行政のあらゆるサービスが最初から最後までデジタルで完結されるようにするとされている。
そして、安全・安心で利便性の高いデジタル社会の基盤であるマイナンバーカードの普及とマイナンバー制度の利活用の促進することを掲げている。
そして、デジタル・ガバメント実現のための基盤の整備として、統一的な政府情報システムの将来的な在り方などデジタル・ガバメント実現のためのグランドデザインの策定(令和元年度末目途)が目指されている。行政データの連携を推進し、行政保有データの100%オープン化を図るとされている。
また、政府CIOの下、全ての政府情報システムについて、予算要求前から執行の各段階における一元的なプロジェクト管理を強化し、政府情報システムの効率化、高度化等を図るため、デジタルインフラに係る予算については一括した要求・計上をするとしている。
また、地方公共団体におけるデジタル・ガバメントの推進、民間手続におけるデジタル技術の活用促進を図るとされている。そして、デジタル・ガバメント構築のための総合的な戦略として、官民データ活用推進計画の策定を推進するとされている。
第5 省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念
1 菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか
プライバシーの保護で最もリスクが高いのは、目的の異なるデータを、共通の符号(マイナンバーカード)をつけて共有化し、くし刺しで検索できるようにすることである。アメリカ政府がスパイのグーグルとして活用しているXkeyScoreは、まさにバルクで集めたデジタル情報を氏名・メルアド・生年月日などをキーワードにくし刺しで検索できるシステムだ。
マイナンバーカード番号、様々なカードの取引データ、メール・チャット、預貯金の口座、健康情報、監視カメラなどのデータ、公安・犯罪データなどが一元化され、くし刺し検索できれば、個人の行動と内心まで丸裸にすることができ、監視社会化を一気に進められる。官庁の壁を突き崩すということは、まさにプライバシーを保護してきた制度の壁を壊そうとしているのではないか。通常国会で成立したスーパーシティ法案は、一定の自治体を「特区」に指定してデジタル企業体にデータを集約して、「便利な」監視社会を実現しようとしたものだった。デジタル庁創設は、スーパーシティを一気に全国化することを狙った政策に化ける可能性がある。
また、政府内には特定秘密を指定している機関が多数存在している。これらの官庁には特定秘密だけでなく、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価に関連して集められた機微情報が多く集められている。これらの情報の管理は厳格になされる必要があり、またその適正を担保する仕組みが必要である。
2 多くのカードの統合化され、データの突合が検討されている
附録Ⅲは内閣府IT室の資料だ。これを見ただけでも、背筋が寒くなる。便利になるという話には、監視の深化というおまけがついて来るということだ。デジタル庁法案には最大限の警戒が必要だ。
3 急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護の仕組みがどのように作られていくのかは不透明である。
(1)急ピッチで進められる法案策定
2020年9月23日デジタル改革関係閣僚会議
同年10月12日デジタル・ガバメント閣僚会議
同年10月15日デジタル改革関連法案ワーキンググループ第1回会合
同年10月28日デジタル改革関連法案ワーキンググループ第2回会合
同年10月29日ワーキンググループ作業部会第1回
デジタル化に向けた詳細な検討はワーキンググループと作業部会でなされている。そして2020年12月にはデジタル・ガバメント閣僚会議にてデジタル改革の基本方針を決定し、早ければ2021年1月に召集される通常国会に一括法案として提出される予定である。
(2) 政府情報システムの見直し(予算は一括してデジタル庁に計上)
①デジタル庁システム:共通利用できるシステム
②共同プロジェクト型システム:デジタル庁の技術的知見を活かした整備を要するシステム
③各府省システム:各府省が行うが是正が必要な場合はデジタル庁が勧告
4 提出されるデジタル庁法案について検証しなければならない人権保障上の問題点
法案の全貌は明らかにされていないが、警戒を要すると指摘する根拠を示しておきたい。
(1) 個人情報が内閣府・デジタル庁の下に一元的に集約される危険性がある。
個人情報を各所管別に管理保管するのではなく、デジタル庁を頂点とする中央集権的管理支配体制の構築が狙われている。省庁縦割りを打破するとは、個人情報の中央集権的管理支配を行うことが目的とされているということである。
(2) 個人情報保護・自己情報コントロール権を突き崩すデータ共同利用権概念
第2回WGに慶応大学の宮田裕章氏がデータ共同利用権についてレポートを提出している。この論考は政府が進める施策に理論的根拠を与える目的で唱えられているものと推定される。この中で、本人同意がなくても国の機関や企業によるデータの共同利用に道を開くべきだとして、次のように説いている。
「1.「データ共同利用権」(仮称)を設定し、データへのアクセスを推進するとともに、データによる価値創出を促進すること。
2.「データ共同利用権」(仮称)の対象となるデータは、気象データ等オープンデータとして取り扱うべきデータの他、パーソナルデータも含めたものとする。
3.「データ共同利用権」(仮称)に基づくパーソナルデータの取り扱いに関しては、GDPR 等の国際的なルールもふまえ、個人の人権を保証し、プライバシーのリスクが最小化されるよう、暗号化等の適切な安全管理措置を行うこと。
4.「データ共同利用権」(仮称)の実施のために、データへの第三者からの一定条件でのアクセスと利用を可能とするような、データポータビリティの担保もしくはAPI 連携の義務化を行うこと
5.「データ共同利用権」(仮称)にもとづくデータ利活用に際しては、物権や知的財産権における「共有」という排他的支配ではなく、データへのアクセス※と、生み出された価値/利益の還元の視点を中心に規定すること。そのため、可能な限り本人やデータ提供者への利益還元を行うこと。
※ ゲノム情報の取扱いに関する国際的な協力組織であるGA4GH(Global Alliance for Genomics and
Health)では、研究者内でのData Sharing からData
Visiting(データを提供するのではなく利用のためにデータ保有者へのアクセスを可能とし結果を持ち帰ること)によってプライバシーを保護しつつデータによる価値実現の推進を行っている。
6.「データ共同利用権」(仮称)は、データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合※に、データ利用を認めるものとすること。
※ 既に、がん登録法においては、同意に基づかない政策目的でのデータ収集・利用がなされており、2019年の高確法、介護保険法、健康保険法改正では、NDB と介護DB の連結解析と相当な公益性がある場合の第三者提供が認められている。
7.上記の実現のために、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(「IT 基本法」)その他、関連する法律において「データ共同利用権」(仮称)等の規定を導入し、民法や知的財産権各法等においても「データ共同利用権」(仮称)等を前提とした運用を可能とするよう検討を行うこと。」
このような提案が、法案に含まれるかどうかは、現時点ではわからないが、本人同意を核とする自己情報コントロール権(=EUのGDPRによる規制)を根底から突き崩し、個人データの共有化を政府機関・企業側の権利・権限として提起しているものと言わざるを得ない。
(3) あらゆる情報集約のポータルシステムとしてマイナンバー制度を定義し直す。
マイナンバー制度は内閣官房・内閣府・総務省などが役割分担して所管してきたが、デジタル庁がマイナンバー制度全般の企画立案を行う方向で検討がなされている。
そして、税・社会保障番号から「デジタル庁」番号へと転換し、スマホにマイナンバーを搭載することが検討されている。
(4) マイナンバー力一ドを運転免許証に利用することによって、あらゆる情報を警察へ集中できることとなる。
マイナンバーカードの交付枚数は、9月1日時点で2469万枚で、現状、全国民に広がる状況にはない。
そこで、特定給付金支給=マイナポイント、保険証利用・運転免許証利用、電子証明書による堅牢な本人確認の官民における安定的利用を目指すと言い繕って、運転免許証保持者:8200万人、保険証保持者:8700万人をマイナンバーに取り込もうとしている。
しかし、このことによって、マイナンバーカードの保険証利用がそれにとどまらず医療情報の一元管理に道を開くこととなるし、マイナンバーカードの運転免許証利用が警察への大量のマイナンバー情報の提供につながることになる。まさに、警察への個人情報の集中である。
(5) 自治体システムの共通化による地方自治の破壊
自治体の情報システムの共通化・標準化することも一括法案の中で提案される予定である。各自治体はこれまでその地域にあった福祉や住民サービスを提供してきた。だから自治体ごとにシステムが異なって当たり前だった。これを国のシステムに統一化するということは、自治体を国の直轄機関化しようとするものである。
自治体が制定してきた個人情報保護条例を国の個人情報保護法に一元化するという方向性も検討されているという。
また、これに関連して2021年度から、国は自治体が行う「AI(人工知能)を活用した婚活支援事業」を補助金交付で後押しするとされている。年齢や年収といった希望条件に合わなくても、相性の良い見合い相手をAIで選び出すことで、婚姻数を増やし、少子化を食い止めようという狙いとされる。
現在、少子化対策として自治体の多くが「結婚を希望する男女を仲介するマッチングサービス」を実施している。これまでは年齢・学歴・職業・年収などの希望条件に当てはまる相手を紹介する方式が一般的であった。これに対しAIを活用したシステムでは、趣味や価値観などの質問への回答やシステム内の検索傾向などをもとに、希望条件と合致していなくても「自分に好意を抱く可能性のある人」を割り出し、提案することができるとされる。もちろん、これらの趣味や価値観に関する情報は本人の同意を得て集められるものであろうが、仮に本人が同意して集められた情報であっても、これが国に一元集約され、市民管理の道具として利用される可能性は否定できない。このような可能性がないことが担保される仕組み・システムが不可欠である。
(6) デジタル化とセットで進められるキャッシュレス
これらのデジタル庁関連文書にはキャッシユレスの文字が見られない。沈黙している。しかし、マイポイントにしてもポイント還元に現金はありえず、間接的なキャッシュレスへの誘導策のはずである。しかし、キャッシュレスは人の経済行動をデジタルで記録し、蓄積していく要の手段であり、デジタル庁の創設はキャッシュレスの大規模導入とセットで進められることとなるであろう。
(7) 一括束ね法案による国会審議の空洞化が狙われている
来年通常国会に提出が予定されているのは、デジタル庁創設法案だけではなく、番号法改「正」や1T基本法改「正」など5本を超える法案が「デジタル庁関連法案」として一括束ね法案として提出されようとしている。この中には個人情報保護法改「正」も含まれるという報道もある。
事前の法案の内容を明らかにして、パブリックコメントを行うことは絶対に必要であるが、この点も明確ではない。
きっちりと国会審議し、問題のある部分は修正させ、また、個人情報・プライバシー保護を徹底させた修正案を準備し、野党共同での提案を目指すべきである。このために、まず、野党の合同ヒアリングで、この問題について徹底して政府案の内容を事前に明らかにさせ、この法案の持つ危険な内容を社会的に明らかにする必要がある。
第6まとめ
共謀罪の濫用は避けられているが、警察による市民・労組活動への監視・抑圧や、政府高官・ジャーナリストへの監視が強まっている。
特定秘密保護法による秘密指定は厚いベールに覆われ、その実態はわからない。独立した監視機関は、プライバシーの保護と表現の自由を守るために、絶対に必要であるが、今はないに等しく、その設立が急務である。
菅政権が準備しているデジタル庁関連法案は、政府、地方自治体及び情報企業のITを共通仕様化し、デジタル庁にあらゆる情報を吸い上げ、監視社会化を推し進める大きな推進力と化してしまう危険性がある。
弁護士会を含む市民社会と独立したジャーナリズムは、このような深刻な危機を自覚し、デジタル庁関連法案については、問題のある部分を修正させるだけでなく、附録に添付した2017年の日弁連人権大会決議「個人が尊重される民主主義社会の実現のため、プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議」も参考にし、個人情報・プライバシー保護を徹底させるべく修正させる修正案を準備し、野党共同での提案を目指すべきである。そのためにも、検討中の法案の内容を一刻も早く国民・国会議員に説明するよう、政府に強く要請すべきである。
附録Ⅱデジタルガバメント実行計画
安倍政権下では2019年12月「デジタル・ガバメント実行計画」が閣議決定されていた。その概要は、次の通りである。