火山爆発

2019年10月11日

火山の破局噴火で原発が過酷事故をおこしてもよい という社会通念があるか?


火山の破局噴火で原発が過酷事故をおこしてもよい
という社会通念があるか?

ー福岡地裁川内原発設置変更許可取消訴訟判決をめぐってー

海渡雄一(弁護士・川内原発行政訴訟弁護団)
pinatubo
(1991年に巨大爆発したフィリピン、ピナトゥボ火山のカルデラ湖)

 

火山ガイドの合理性には疑問が残るとした福岡地裁判決

福岡地方裁判所第1民事部(倉澤守春裁判長)は、6月17日、住民らの請求を退け、川内原発の設置変更許可取消請求を棄却する判決を言い渡した。福島原発事故後、はじめての原発行政訴訟判決である。

この訴訟は、もともと、「原子力規制委員会が2013年に定めた火山ガイドは不合理であるが、民事訴訟においては巨大噴火のリスクは社会通念上無視できる」とした2016年4月6日福岡高裁宮崎支部即時抗告審決定を受け、基準が不合理である以上、許可処分自体は違法で取り消すべきであるという考えのもとに提起されたものであった。

実際、その後も広島高裁2018年9月25日決定(伊方原発の運転差し止めを、阿蘇山の破局噴火の危険にもとづいて認めた広島高裁2017年12月13日決定を逆転した決定)などで同様の判断が相次ぎ、火山ガイドが原発の審査基準として不合理であることは、争いようのない事実となりつつあった。

福岡地裁判決は、科学的に見て、火山ガイドの定めに不合理な点のないことが立証されたかどうか、疑いが残るとしつつ、原子力関連法令等が破局的噴火による影響を考慮することまで要求しているとは社会通念上解されないとした。つまり火山の破局噴火時には原発が過酷事故を起こすこともやむを得ないと判断したのである。

 

基準が不合理なら許可は違法が最高裁判例

原発訴訟のリーディングケースとされる伊方原発最高裁判決(1992年10月29日)は、結果として住民の訴えを斥けた判決であるが、違法判断の基準は原発の安全性確保のために有益な内容を含んでいた。

 まず安全審査の目的が、深刻な災害を引き起こすおそれがある災害が万が一にも起こらないようにするためであり、審査において用いられた具体的審査基準に不合理な点があり、あるいは国の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるときは、違法と判断するべきであるとした。つまり原発には高い安全性が求められ、審査の基準に不合理な点があれば許可は違法であり取り消すのだとしていたのである。今回の判決は、この最高裁判決と鋭く矛盾する。

 

世界の火山の7%が日本列島に集中している

ここで少し火山に関する基本的な知識をおさらいしておく必要があるだろう。火山の爆発とは、地殻内のマグマの噴出に伴う諸活動である。マグマはマントルの溶けたものであり、地下100-200キロメートルの深さで発生する。マントルが溶けている場所は3種類、プレートが生まれる海嶺(とその延長の地溝帯)、プレートの潜り込み境界(海溝)、大陸プレート同士の衝突境界である。
 日本海溝は太平洋プレートが陸のプレートの下に潜り込み始めている場所である。プレートの沈み込みで強い圧力によって岩石中の水分が染みだし、熱水の作用によってマントルが融けてマグマとなるとされる。世界には約1500の活火山があるといわれており、そのほとんどが環太平洋地帯に分布し、日本には世界の活火山の約7%が存在している。そして、東日本太平洋沖地震以来、日本列島の火山活動は活発化している。

活発化する火山活動
(鎌田浩毅「地学のススメ」より)

火山の噴火規模には、段階がある。火山噴火指数VEI7以上、噴出物の規模が100立方キロメートルを超える破局噴火は全世界で過去1万年に7回程度起きている。日本列島で最後に発生したのは7300年前の鬼海カルデラの噴火で、この噴火によって南九州の縄文文明は滅亡したと言われている。

日本と世界の歴史に記録された破局噴火・巨大噴火

確かに日本列島では、歴史時代となってから破局噴火は発生していない。判決ではこのことが破局噴火を想定しなくて良い社会通念の根拠とされている。それでいいのだろうか。日本は、破局噴火の影響は間違いなく受けている。
 西暦535年には、インドネシアのクラカタウ火山が破局噴火したと推定されている。この火山爆発については、いずれ詳しく報告してみたいと考えているが、ティビッド・キーズ氏の「西暦535年の大噴火」にまとめられる。 

 西暦535年に世界中で、気象の異変が起き、異常な寒波、飢饉、疫病の流行が起きている。そして、グリーンランドに残されたこの年の地層から、硫酸イオンと火山灰が発見されている。南極のバード氷河の同時期の地層からも火山噴出物が確認された。南極の方が倍程度濃度が濃いとされる。また、スウェーデン北西部のアカマツの年輪幅を見ても、536年は過去1500年で2番目に幅が狭かった。同じような樹木の生長停止は北アイルランド、カリフォルニア、ロシア、チリでも見つかっている。

 中国の歴史書「南史」には、535年に「黄色い塵が雪のように降ってきた」との記載がある。536年には、「降ってきた黄色い塵を手で救い上げることができた」との記載もある。明らかにこれは火山灰である。中国では激しい干ばつ、飢饉が続き、税の納入延期を認めても、各地で住民は反乱や暴動を起こした。

 異変は東ローマ帝国でも起きた。東ローマ帝国の歴史家プロコピオスの「戦史」には、「日光は一年中輝きを失って月のようになりきわめて恐ろしい前兆だ」と記載している。

 ローマの政治家であるカッシオドルスは、「夏になっても寒く北風で冷え冷えとしていた。雨は降らず、作物も育たなかった」と記している。

 食料の奪い合いのために、東ローマ帝国では戦乱と略奪が繰り返され、ヨーロッパ全域にペストが蔓延し、ヨーロッパでは一億人が死に、人口は半減したと伝えられる。イギリスとアイルランドでも、激しい飢饉が起きている。気候異変は、南米チリでも記録されている。

 そして、日本の最初の歴史書である「日本書紀」にも、536年に大規模な飢饉と気候の寒冷化が起きていたことを裏付ける記載がある(宣化元年536年夏5月の詔)。

 この気候異変の原因は火山の爆発のものとする見解が有力である。そして、爆発した火山は、特定はされていないが、おそらくインドネシアのクラカタウ火山であろうと推定されている。ジャワ島西部には、当時「カラタン」と呼ばれる文明が存在していたが、この時期を境に消滅している。このように、535年の謎の火山爆発は歴史にはっきりと刻まれた破局噴火の影響であるといってよいだろう。

 864年の貞観富士山噴火も、915年の十和田噴火も巨大噴火であった。

10世紀には、中国と朝鮮の国境に位置する白頭山が噴火した。この噴火は破局噴火のレベルといわれる。日本国内の各地から、この時の爆発に起因する火山灰が発見されている。
 1792年の普賢岳噴火では死者は15000人に達した。
 日本の歴史は、破局噴火の一回り下の巨大噴火の連続であり、多くの史料が遺されている。次の破局噴火は確実に近づきつつある。

世界中を見れば、79年のポンペイ滅亡を招いたヴェスビオ火山の爆発、5世紀のクラカタウ噴火などの巨大噴火・破局噴火を経験している。クラカタウ噴火は世界中に異常気象をもたらしたことは前述した。1815年にはインドネシアタンボラ山で破局噴火が発生している。標高2,851メートル。山頂には直径約6キロ、深さ約600メートルのカルデラがある。1815年の大噴火は、過去2世紀に世界で記録されたもののうち最大規模の噴火であり、噴出マグマ体積は50立法㎞とされるが、火山の崩壊の程度なども勘案して、VEI7とされる。1815年4月10日から同年12日にかけての大爆発音は1,750キロメートル先まで聞こえ、500キロメートル離れたマドゥラ島でも火山灰によって3日間も暗闇が続いた。高さ3,900メートルあった山頂は2,851メートルに減じ、面積約30平方キロメートル、深さ1,300メートルの火口が生じ、大噴火による噴出物の総量は150立方キロメートルにおよび、半径約1,000キロメートルの範囲に火山灰が降り注いだ。また、この大噴火後数か月にわたって世界各地で異常な夕焼けが見られ、この1815年の夏は異常に低温であった。アメリカ北東部では異常低温となり、雪や霜が6月までみられた。イギリスやスカンジナビアでは5月から10月まで長雨が続き、異常低温による不作で深刻な食糧不足が世界的に発生した。アイルランドの大飢饉もこの火山爆発が原因である。翌1816年は「夏のない年」と言われた。

VEI6を超える巨大噴火は噴出物が、10立方キロメートル以上、過去1万年に39回も発生しており、1991年のフィリピンのピナツゥボ火山の爆発が最近のものである。

3月から、火山爆発の前兆現象が観測され、4月7日10km地域に対して初の公式な避難命令が下された。65日 警報レベル 32週間以内に大噴火の可能性あり)に変更。67日 警報レベル 424時間以内に大噴火の可能性あり)に変更。10-20km地域が避難の対象となった。69日には警報レベルが5になり、20-40km地域からの避難が開始された。615日までに、火山から30km以内の地域にいた6万人すべてが退去した。多くの市民が一時的にマニラとケソンに移住した。爆発の影響は2100万人に及び、家畜80万頭が亡くなった。しかし、事前の避難の結果直接的な人命の被害は300人にとどまった。この噴火の直前予知成功は、近代火山学の大きな成果とされているが、確実な予知は直前に至るまで不可能であったことも明記しなければならない。

 

九州と北海道に集中する巨大カルデラ火山

 日本で、現在活動中の巨大カルデラ火山は九州と北海道・青森にしかない。川内原発に最も近い姶良カルデラは鹿児島湾の奥に位置し、現在は水没した状態である。桜島はカルデラ内の火山島である。約3万年前に大噴火(入戸火砕流)を起こし、川内原発から2.8キロメートルの距離にある薩摩川内市内において入戸火砕流堆積物が確認されている。姶良カルデラから川内原発までの距離は50キロメートルである。姶良カルデラにおいて,近代的な観測を開始して以来長期間に亘って,1年あたり0.01km3のマグマ溜りの体積増加を示す地殻変動が観測されている。姶良カルデラを形成した噴火は数万年前であるから、現在観測されている体積膨張率と同程度の値のマグマの蓄積率がカルデラ形成後も続いていた場合には,マグマ溜りには再度破局噴火を引き起こすのに十分なマグマが蓄積されることとなる。

鬼界カルデラが7300年前に噴火したことは前述した。鬼界カルデラの火山ガスの放出量のデータは、火砕流噴火を引き起こすに足りる地下のマグマの蓄積を裏付けている。

阿蘇カルデラでは、約27万年前、約14万年前、約12万年前、約9万年前の合計4回100立方メートル級のマグマを噴出する巨大噴火を起こしている。約9万年前の噴火では、火砕流は九州の北半分を広く覆ったほか、関門海峡を越えて中国地方まで、また、有明海を越えて島原半島まで達したとされる。地下6キロに確実に確認されているマグマの量は30立方キロ程度とされるが、現在の活動状況からして、いつ大規模な噴火をしてもおかしくない。さらに深さ15kmから20kmのところについて、マグマ溜りの可能性を示す地震のデータも存在する。このように九州のカルデラ火山は、破局噴火の発生を否定できる状況にはない。

 

火砕流が川内原発を襲ったら?

火砕流は非常に強い破壊力を持ち、流路にある立木や建物はコンクリート製であったとしても、なぎ倒し、元の地面を浸食すると言われており、火砕流が原発に到達したときにはいかなる対策も無効である。九州電力は基準適合性審査の冒頭には当初火砕流は到達していないとしていたが、現在は火砕流が到達していたことは認めるに至っている。火砕流が到達すれば、使用済み燃料は冷却不能となり、溶融し、再臨解する可能性もある。火山ガイドでは、原発の運用期間中に火砕流などの設計対応不可能な火山事象が生じる可能性が十分小さいといえないならば、原発は立地不適となるとされている。ところが、これまで、原発の運用期間中に火砕流などの設計対応不可能な火山事象が生じる可能性があっても、モニタリングを実施すれば、数年前の段階で破局噴火が起きることを確実に予知することができ、数年の間に使用済み燃料を運び出すことができるとして、災害を食い止められると判断してきた。しかし、このような予知が不可能であることを福岡地裁判決も認めたのである。

 

支援が可能であれば破局噴火後にも復興はできる

ひとたび、火砕流噴火が起きれば、私たちが火山灰除去や土壌改良など積極的に環境に働きかけない限り、長期にわたって不毛の大地が続く。しかし、過去の火山災害を見れば、自然災害だけであれば、時間はかかっても復興は可能だ。しかし、そこに原発事故によって拡散した放射能が火山灰と共に拡散すれば、日本列島は誰も戻れない死の列島と化し、周辺諸国にも甚大な環境汚染をもたらす。福島原発事故のような事故を二度と招いてはならない、豊かな国土とそこに根を下ろした生活を奪われたくない、子ども達の未来を守りたいということには大きな国民的な合意があり、これこそが現代の社会通念である。

 

破局噴火は無視することが社会通念である?!

 福岡地裁の判決は、これまでの福岡高裁宮崎支部や広島高裁の判断と同様に、火山ガイドには、科学的にみて、噴火の可能性の有無及び程度を正確に評価できることを前提としている点で、不合理の疑いが残るとした。この点は妥当であり、国を相手にした行政訴訟においてこのような判断がなされたことは、火山ガイドの不合理性を決定づけた。

しかし、判決が許可を取り消さないとした論理は、理解困難である。火山ガイドには不合理の疑いが残るといいながら、他方で破局的噴火については建築基準法など他の法令上考慮しなくてよいとされているから、原子炉の規制においても、破局噴火を考慮する必要がないとするのが社会通念だというのである。そもそも破局噴火を考慮する必要がないのだから、火山ガイドは結果として不合理ではないという。こんな支離滅裂な司法判断があるだろうか。

 

 国際基準は10万年に一度の自然災害も考慮しなければならないとしている

破局的噴火が原子炉等規制法の想定する自然災害に含まれないとしている点は明確に不合理である。火山ガイドは設計対応不可能な火山災害である破局噴火を明確に想定して作られている。規制委員会設置法は、原発の安全確保については国際的な基準を踏まえることとした。国際原子力機関(IAEA)の定める火山審査ガイドSSG-21では、過去200万年以降に火山活動があった火山は評価の対象としなければならないとされている。そして、破局噴火も審査の対象としている。過酷事故の割合を10万年に一度以下に止めなければならないことは、確立した国際基準である。

3.11前には、東北太平洋沖地震のようなM9の地震が発生する可能性は極めて小さいとされていた。日本は東日本太平洋沖地震により、地震・火山の活動期に突入したとする専門家もいる。専門家の警告を無視し、裁判官が身勝手な社会通念にもとづいて再稼働を認めることは、第二の福島第一原発事故を容認することにつながる。我々は、このような判決に屈することはできないと考え、福岡高裁に控訴することとした。今後も川内原発をめぐる司法の動向に注目して欲しい。



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