監視社会

2021年02月05日

デジタル庁法案 ここが問題だ!

監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、

プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める

海渡 雄一                         

(共謀罪対策弁護団・秘密保護法対策弁護団)

はじめに

共謀罪対策弁護団と秘密保護法対策弁護団は、202012 22日に「監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める」意見書を公表しています。

資料集 | kyoubouzai-bengodan (wixsite.com)

また、日弁連は、2017106日 に「個人が尊重される民主主義社会の実現のため、 プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議」を採択しています。

これらに基づいて意見を述べます。


第1
 深まる警察監視社会化

1 共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった  

2  制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある  

3 監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる  

4  官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している  

5  警察組織の政治的中立性が破壊されている  


第2
 今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関

プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる  

2 GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務  

3 自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた  

4 ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関  

5 アメリカにおける秘密指定解除の仕組み  

6 ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動  

7 特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である  

3 デジタル関連6法案の構成と概要

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今通常国会に提案されるデジタル庁関連6法案の一部の概要が明らかになってきた。6法案の内容は次のようなものとされている。

まず、第1デジタル社会形成基本法案(仮称)を制定し、IT基本法は廃止する。

 この基本法は、「デジタル社会jの形成による我が国経済の持続的かな生活の実現等を目的とするもので、デジタル社会の形成に関し、基本理念及び施策の策定に係る基本方針、国、地方公共団体及び事業者の責務、デジタル庁の設置並びに重点計画の策定について規定するものである。

 デジタル社会を形成するための基本原則(10原則)の要素も取り込んだうえで、デジタル社会の形成の基本的砕組みを明らかにし、これに基づき施策を推進するとしている。
 2に、デジタル庁設置法案では、強力な総合調整機能(勧告権等)を有する組織としてデジタル庁を設置し、基本方針策定などの企画立案、国等の情報システムの統括・監理、重要なシステムは自ら整備するとしている。また、国の情報システム、地方共通のデジタル基盤、マイナンバー、データ利活用等の業務を強力に推進するため、内閣直属の組織とし、その長は内閣総理大臣とする。デジタル大臣(仮称)のほか、特別職のデジタル監(仮称)等を置くとされている。そして、デジタル庁がデジタル行政の司令塔として、これまでの行政の縦割りを打破し、行政サービスを抜本的に向上するとしている。

 第3に、デジタル社会の形成を図るための関係法律の整備に関する法律案では、関連する数多くの49法律を改正し、整備を一括して行う仕組みとなっている。

とりわけ、個人情報関係3法を1本の法律に統合するとともに、地方公共団体の制度についても全国的な共通ルールを設定、所管が分かれていたものを個人情報保護委員会に一元化し、さらに医療学術分野における現行法制の不均衡の是正することとしている。また、マイナンバー法、J-LIS法を改正し、マイナンバーカードの発行・運営体制を抜本的に強化するとしている。

 健康増進法を改正し、住民が居住していた他の市町村に対する健康増進事業の実施に関する情報提供の求めができるとされている。

電子署名等に係る地方公共団体情報システム機構の認証業務に関する法律を制定し、電子証明書のスマートフォンへの搭載、本人同意に基づくJ-LISによる署名検証者への基本4情報(氏名、年月、性別及び住所)等の提供ができるようにするとされている。

 行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律を制定し、転職時等の使用者間での特定個情報の提供、国家資格に関する事務等における個人番号の利用及び情報連携の実施、J=LISの個人番号カードの発行運営体制の抜本的強化を図るとしている。
 地方公共団体情報システム機構法を制定しJ-LISに対する国のガバナンスを強化するとしている。

民法、戸籍法、宅地建物取引業法、建築士法、社会保険労務士法等を改正し、国民の負担の軽減及び利便性の向上に資する押印を求める手続及び書面の交付等を求める手続の見直しが提案されている。


この3法案以外に 今回の6法案の中には次の3つの新法の提案が含まれている。公的給付の支給等の迅速かっ確実な実施のための預貯金口座の登録等に関する法律案(仮称) 新法】、「預貯金者の;意思に基づく個人番号の利用による預貯金口座の管理等に関する法律案(仮称) 新法】、地方公共団体情報システムの標準化に関する法律案(仮称、) 新法】の合計6本の法案が準備されている。


第4
 省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念


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1  菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか

2 多くのカード統合化され、データの突合が検討されている  

3 急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護委員会に官民の個人情報保護の為の監督の権限を集めるとされているが、実効性のある監督システムができる保障がない。 


第5
 デジタル庁法案と個人情報保護制度の見直し法案に対する私の提言

1 法案の全貌が明らかにされていない

今回のパブコメの対象とされている個人情報保護制度の見直しの方向は、現在政府が来年の通常国会に提出を準備しているデジタル庁関連一括法案に対応するものです。

個人情報保護制度の見直しについては報告書が明らかにされましたが、このデジタル庁関連一括法案の内容そのものがまだ詳細には明らかにはされていません。

この法改正はトータルとして我が国における個人情報・プライバシー保護のシステムを根本的に改変するものとなる可能性があります。

デジタル・ガバメント実行計画や法案準備作業に係る文書は、内閣府のHPに公開されていますが、 政府は、市民の人権保障に対して重大な影響を及ぼす法律案について、その法案の骨子・要綱、 ディスカッションするべきポイントなどをまとめて、早期に市民と国会議員のために議論の素材を提供するべきだと思います。


2 改正個人情報保護委員会の組織、権限を明らかにするべきである

日本には、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しませんでした。

監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPRにならって、巨大 IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることがデジタル庁を設置するよりも先決であると考えます。

今回の個人情報保護制度の見直しの方向性は、このような機関として個人情報保護委員会に公的機関の監督の機能を負わせようとするものです。

このような法制度きちんと機能するかどうかを、まず詳しく説明していただきたいと思います。


3
 「データ共同利用権」は個人情報に関する同意権を否定するものだ

とりわけ、危惧されるのは、政府文書において個人情報の第三者提供について、「データ共 同利用権」が提唱されていることです。「データ共同利用権」については、デジタル庁に関する検討文書において、「データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、データ利用を認めるものとすること。」 と示されています。

GDPR(EUデータ保護規則)においては、個人の同意を必要とする個人情報保護原則の取り扱いが核とされている。これが軟化される危険性があり、また、マイナンバーカードに、運転免許証と保険証をはじめとして多くのカード機能が付加され、またマイナンバーカードをスマホに搭載することも検討されていると伝えられています。多くの情報が突合・検索されて、個人のプライバシーがデジタル庁に統合・集中される可能性があると思われます。

このようなことが行われないと説明されるのであれば、その歯止めの措置について詳しく説明していただきたいと思います。

 

4 警察による共有情報へのアクセスがフリーパスになる可能性

デジタル庁は、「首相直轄の組織」として内閣府に置かれますが、内閣官房におかれた内閣情報調査室という情報機関と緊密な関係を持つことが予想され、デジタル庁が集約した情報は、 内閣情報調査室を介して警察庁・各都道府県警察と共有される可能性が否定できません。

すくなくとも、このことを抑止するシステムとなっていることが確認できることが必要です。個人情報保護委員会が、このような危惧に対してどのような歯止めとして機能することができるのかを説明していただきたいと思います。


5 個人情報保護委員会に、十分な政府からの独立性、権限、専門のスタッフ、財源を保障することが不可欠

私は、すくなくとも、個人情報の不適切な収集と共有を未然に防止するとともに、情報が適切に利用されていることを監視することができるためのシステムが必要であると考えます。

日弁連などは、これまでも、情報機関(日本には CIA のような中央情報機関はまだないが、公安警察、自衛隊の情報保全隊、法務省の公安調査 庁、内閣情報調査室などの情報機関がある。)の活動、特定秘密指定などについて、政府から独立した監視機関を設立する必要があることを提唱してきました。デジタル庁を設立するのだとすれば、すくなくとも、同時に、統合された個人情報保護委員会に、十分な政府からの独立性、権限、専門のスタッフ、財源を保障することが不可欠です。

統合された個人情報保護委員会が、どのような組織となるのか、くわしく説明していただきたいと思います。


6 個人情報保護委員会に公的機関に対する職権調査権、命令権は認められるのか

そして、公表されている資料だけでは、個人情報保護委員会は、不服申し立てに対応し、不適切な個人情報の扱いについて「勧告」できるとされています。しかし、民間企業に対しては認められている「命令」はできないようです。

また、この委員会が、職権で特定秘密や情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正の勧告や命令までできる機関が必要であると考えます。

特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえません。 独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られません。全く独立性が欠けています。

これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱 心に活動していると評価することができます。しかし、同審査会で多数を占める与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっており、限界があります。

そのため、特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見 て、是正勧告できる機関が、我が国においても必要です。この報告書で、公的機関までを含めて監督する機関に格上げされた個人情報保護委員会に、そのような活動が可能なのかを説明していただきたいと思います。


7 アメリカ、ドイツ、オランダなどの制度を参考に

アメリカには、特定秘密の指定を是正する複数のシステムが機能しており、いったん特定秘密に指定された情報の多くが、一般に公開されています。

また、ドイツやオランダには、情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていればこれを公開させ、あるいは、誤った個人情報が収集されていればこれを訂正させる権限を持ったさまざまな国家機関が活動しています。

また、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価のために収集された機微情報の管理につ いて、適切に行われる体制が作られているかどうか(特定秘密保護法16条参照)またこれらが適切に運営されているかどうかを検証できる仕組みが必要です。

国の国家秘密に関する活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要です。個人情報保護委員会を名実ともにこのような活動をしていく必要があります。

そして、これらの委員には、人権NGO のメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者など、政府からは独立した人材が任命されることが必要であると考えます。

デジタル庁を創設するのであれば、その創設と同時にこのような機関を設立することは絶対不可欠です。個人情報保護委員会の組織の内実までを含めて明らかにする必要があると考えます。


6 今後の行動提起

 日弁連の2017決議には、デジタル庁の創設にあたって、日本の法制度の中で足りない法制度が、手際よくまとめられている。

 これを立憲野党に提起し、法案への修正案を準備し、この修正案に応じない限り原案反対の意見を固めてもらい、この法案を対決法案化する。


 急遽、共謀罪対策弁護団主催で、2月11日午後3時からオンラインセミナー デジタル庁構想、ここが問題だ!~個人情報は守られるのか?を開催します。ユーチューブライブで配信します。 中心は2018年まで内閣府公文書管理委員であった三宅弘弁護士のお話です。三宅弁護士は、日弁連の秘密保護法・共謀罪対策本部の本部長代行をされています。
 https://youtube.com/watch?v=gLA5n8

Zq30U&feature=youtu.be


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2021年01月06日

監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、 プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める意見書

                                                                                                20201222日


                                                                    意見書

-監視社会の進展を加速化するデジタル庁創設計画への疑問を提起し、

プライバシー保護のための独立監視機関の設立を求める-


共謀罪対策弁護団

秘密保護法対策弁護団

 

目次


意見の趣旨

意見の理由

第1はじめに

第2深まる警察監視社会化

1共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった

2制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある

3監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる

4官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している

5警察組織の政治的中立性が破壊されている

第3今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関

1プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる

GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務

3自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた

4ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関

5アメリカにおける秘密指定解除の仕組み

6ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動

7特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である

第4デジタル庁関連一括法案の予測される内容

1デジタル庁にはかなりの準備の歴史がある。

2デジタル庁は、監視社会の完成のための国・地方・企業のデジタルインフラの共通化を目的とするものではないか

3 デジタル・ガバメント実行計画のポイント

5省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念

1 菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか

2多くのカードの統合化され、データの突合が検討されている

3急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護の仕組みがどのように作られていくのかは不透明である。

4提出されるデジタル庁法案について検証しなければならない人権保障上の問題点

6まとめ

 

附録Ⅰ2017106日日弁連人権擁護大会決議(個人が尊重される民主主義社会の実現のため、プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議)

附録Ⅱデジタルガバメント実行計画

附録Ⅲマイナンバーカードを活用したカードのデジタル化の工程表


 

               意見の趣旨

1 現在政府が来年の通常国会に提出を準備しているデジタル庁関連一括法案は、我が国における個人情報・プライバシー保護のシステムを根本的に改変するものとなる可能性がある。デジタル・ガバメント実行計画や法案準備作業に係る文書は、内閣府のHPに公開されているが、政府は、市民の人権保障に対して重大な影響を及ぼす法律案について、その法案の骨子・要綱、ディスカッションするべきポイントなどをまとめて、早期に市民と国会議員のために議論の素材を提供するべきである。

2 日本には、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しない。監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPR(EU一般データ保護規則」(GDPRGeneral Data Protection Regulation)とは、個人データ保護やその取り扱いについて詳細に定められたEU域内の各国に適用される法令のことで、2018525日に施行された。主な内容は以下の通り。

・本人が自身の個人データの削除を個人データの管理者に要求できる・自身の個人データを簡単に取得でき、別のサービスに再利用できる(データポータビリティ)・個人データの侵害を迅速に知ることができる・個人データの管理者は個人データ侵害に気付いた時から72時間以内に、規制当局へ当該個人データ侵害を通知することが求められ、また、将来的には本人への報告も求められる。・サービスやシステムはデータ保護の観点で設計され、データ保護されることを基本概念とする・法令違反時の罰則強化・監視、暗号化、匿名化などのセキュリティ要件の明確化)にならって、巨大IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることがデジタル庁を設置するよりも先決である。

 

3 とりわけ、危惧されるのは、政府文書において個人情報の第三者提供について、「データ共同利用権」が提唱されていることである。「データ共同利用権」については、デジタル庁に関する検討文書において、「データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合に、データ利用を認めるものとすること。」と示されている。

GDPR(EUデータ保護規則)においても、個人の同意を必要とする個人情報保護原則の取り扱いが核とされている。これが軟化される危険性があり、また、マイナンバーカードに、運転免許証と保険証をはじめとして多くのカード機能が付加され、またマイナンバーカードをスマホに搭載することも検討されている。多くの情報が突合・検索されて、個人のプライバシーがデジタル庁に統合・集中される可能性がある。

 

4 デジタル庁は、「首相直轄の組織」として内閣府に置かれるが、内閣官房におかれた内閣情報調査室という情報機関と緊密な関係を持つことが予想され、デジタル庁が集約した情報は、内閣情報調査室を介して警察庁・各都道府県警察と共有される可能性が否定できない。すくなくとも、このことを抑止するシステムが必要であるが、このような提案は法案の説明資料にはない。

5すくなくとも、情報の不適切な収集と共有を未然に防止するとともに、情報が適切に利用されていることを監視することができるためのシステムが必要である。日弁連などは、これまでも、情報機関(日本にはCIAのような中央情報機関はまだないが、公安警察、自衛隊の情報保全隊、法務省の公安調査庁、内閣情報調査室などの情報機関がある。)の活動、特定秘密指定などについて、政府から独立した監視機関を設立する必要があることを提唱してきた。デジタル庁を設立するのだとすれば、すくなくとも、同時にこのような機関を、作るべきである。

 

6特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正勧告できる機関が必要である。

特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえない。独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られない。全く独立性が欠けている。

これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱心に活動している。しかし、同審査会で多数を占める与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっており、限界がある。

そのため、特定秘密、情報機関の集めた情報、デジタル庁に集約された情報等の中身まで見て、是正勧告できる機関が、我が国においても必要である。アメリカ、ドイツやオランダには、国が秘密指定している情報や情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていればこれを公開させ、あるいは、誤った個人情報が収集されていればこれを訂正させる権限を持ったさまざまな国家機関が活動している。

また、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価のために収集された機微情報の管理について、適切に行われる体制が作られているかどうか(特定秘密保護法16条参照)またこれらが適切に運営されているかどうかを検証できる仕組みが必要である。

国の国家秘密に関する活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要である。

そして、これらの委員には、人権NGOのメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者などが任命されることが望ましい。デジタル庁を創設するのであれば、その創設と同時にこのような機関を設立することは絶対不可欠である。

 

意見の理由

第1はじめに

私たちは、安倍政権の下で制定された人権侵害の可能性の高い法律が制定された後に結成された、対策弁護団である。

まず、私たち共謀罪対策弁護団は、2017年に成立した共謀罪法が刑事法規の予測可能性を破壊し、人々の自由な行動、さらには自由な意見表明を抑圧し、民主主義的な社会の存立自体を危うくすることを危惧し、共謀罪法の廃止と、もし共謀罪法が適用された場合の弁護に取り組むことを目的に、共謀罪対策弁護団を設立した。

私たちはなぜ共謀罪に反対したのか。共謀罪は、人と人との「合意」を犯罪化するものであり、何が犯罪となるかの外延を不明確とするものである。一般市民にとって合法的な行動の範囲が、わからなくなり、刑罰法規の「予測可能性」が失われる。恣意的に逮捕されたり、罪に問われる可能性がある。

また、私たち秘密保護法対策弁護団は、2013年に成立した特定秘密保護法が、政府の重要な活動を秘密のベールで閉ざし、これを明らかにしようとする市民・ジャーナリストの活動を萎縮させることを懸念し、同法の廃止を求めるとともに、その運用状況を監視し、もし特定秘密保護法違反の刑事事件が立件された場合の弁護に取り組むことを目的に、秘密保護法対策弁護団を設立した。

秘密保護法制定から7年、共謀罪法の制定から3年半が経過するが、同時に制定された証人買収罪はIR汚職事件で秋元司議員に対して適用されたものの、秘密保護法違反・共謀罪の適用例はない。本当に秘密保護法・共謀罪のような極端な立法が必要だったのかあらためて問い直し、国会にその廃止の検討を強く求めたい。

 

第2深まる警察監視社会化

1共謀罪の推進勢力が外務省・法務省から官邸に途中で変わった

2012年に誕生した安倍政権は、まず特定秘密保護法を制定した。これを進めたのは、公安警察出身の官邸官僚である内閣情報官(当時)の北村滋氏であった。共謀罪は、国際的組織犯罪防止条約に基づき創設されるものであると政府から説明されたが、そもそも、この条約はマフィア対策、テロ対策の条約ではない。この条約は、組織犯罪集団への参加又は重大な犯罪の共謀の処罰を求めたものである。2003年に政府は共謀罪法案を国会に提案(必要性はないが、条約批准のためにとの説明)したが、この時点での共謀罪法案の推進勢力は、外務省と法務省であった。2005/6年には国会審議が始まったが、日弁連などの強い反対もあり、法案は廃案になった。民主党政権下では、共謀罪法なしに条約を批准する途も模索された。そして、その後、共謀罪法の制定を目指す推進力となったのも、やはり北村氏であった。

2 制定20年を経過した盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある

2015年に改正された盗聴法(通信傍受法)が2019年6月1日から全面的に施行された。盗聴法が2000年に制定された際、私たちは大きな反対運動を組織して、これに抵抗した。反対運動の効果もあり、対象犯罪は覚せい剤などの薬物と銃器の取引、組織的殺人、集団密航の4種類の犯罪に限定した。また、傍受が適切に行われることを確保するために、NTTなど通信事業者の常時立ち会いを義務づけることとした。

このような強い規制により、通信傍受を行った事件数、令状の発布件数は少しずつ増えてきたが、激増するには至っていなかった。

2015年改正では、新たに、9つの犯罪(窃盗、詐欺、殺人、傷害、放火、誘拐、監禁、爆発物、児童ポルノ)盗聴可能犯罪として追加された。この中の窃盗と詐欺は、刑務所に入っている人の数でいえば圧倒的な多数で、犯罪件数では年間100万件を超えている。

また、手続きも緩和される。具体的には、通信事業者は令状に示されたすべての通信を録音し、これに暗号をかけて、警察署に送信する。警察官は、警察署内でいつでもこの暗号を解いて、傍受された通信を聞いたり、見たりすることができる。そして、この暗号化の方法を用いれば、外部の事業者の立会なく、都道府県の警察本部や検察庁で居ながらにして直接盗聴できることとなった。このような制度改正により、これまで必要以上の盗聴が規制されていた歯止めが破られ、その実施件数が飛躍的に拡大する危険性がある。なお、盗聴の実態は国会に報告されることから、国会がこれを注視し、野放図な拡大を食い止めることを期待したいが、実際には大きな壁がある。

 

3 監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる

西日本新聞(2019/8/24 6:00西日本新聞国際面)の報道によると、「世界120都市の防犯・監視カメラの設置状況について英国の調査会社コンパリテックが調べたところ、住民千人当たりのカメラ設置台数(設置率)が多い上位10都市のうち8都市を中国が占めた。現在約2億台ある中国の監視カメラが2022年までに62600万台へ大幅に増加するとの推計も示し、監視社会が進む実態を指摘した。同社の報告書によると、監視カメラの設置率が最も高い都市は中国の重慶で、千人当たり168台に上った。2位は深圳(千人当たり159台)、3位上海(113台)、4位天津(92台)、5位済南(73台)と続いた。6位にロンドン(68台)が入ったが、7位は武漢(60台)、8位広州(52台)、9位北京(39台)と中国の都市が上位をほぼ独占した。10位は米アトランタ(15台)だった。少数民族ウイグル族への抑圧政策の一環として、多数のハイテク街頭カメラによる監視が指摘されるのは、中国新疆ウイグル自治区のウルムチであり、その設置状況は千人当たり12台で14位だった。公表された上位50都市に日本の都市は含まれなかった。」とされている。

中国の監視カメラは、顔認証技術と連動し、反政府活動や民族主義運動を行う市民は徹底的に監視されている。一般市民の中には、治安が改善したとして歓迎する声もあるというが、そもそも異を唱えることが不可能な状況になっているともいえる。香港市民が逃亡犯条例に反対し、必死のデモを続けているのは、中国の監視システムに呑み込まれてしまうことを恐れているためであろう。このような中国の現実は、他人事ではない。手をこまねいていれば、日本も同じような状況となる可能性がある。

 

4 官邸は官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配している

2018年末に「官邸ポリス」と言う題名の本が講談社から出版された。著者は「東京大学法学部卒業、警察庁入庁、その後、退職」とだけ、紹介され、経歴も年齢もわからない。内容は、安倍政権に奉仕する官邸内の警察官僚をはじめとして、外務省、財務省、警視庁、さらには報道機関などの生々しい実態が描かれている。この本は、政権に奉仕し、政権をコントロールさえしようとしている、杉田官房副長官(内閣人事局長を兼務。1997年当時内閣情報調査室長)と北村滋内閣情報官(当時)ら官邸ポリスを告発するために、書かれた内部告発本のようだ。

2019年6月の毎日新聞のインタビューで、前川喜平元文科事務次官は、『この本が本当だとしたら、現代の特高警察だと思いますよ。私は2016年の9月か10月ごろ、警察庁出身の杉田和博官房副長官から官邸に呼び出され「新宿の出会い系バーというところに行っているそうじゃないか」と言われた。「週刊誌から聞いた話だ」と。それなら週刊誌が私のところに来るはずですが、来ませんでした。…菅さんが総理になれば、もっとひどい警察国家、恐怖政治になるのではないかと懸念しています。…そういえば杉田さんに官邸に呼ばれた時、「○○省の○○次官にもそういうことがあったよ」と言われたんです。それで「みんな尾行されているのかな」と思った。弱みを握られている人は役人だけではなくて、与野党の政治家の中にも、メディアの中にもいるかもしれない。そう思いました。』と述べている(毎日新聞2019年6月20日これが本当なら「現代の特高」…前川元次官が語る告発ノベル「官邸ポリス」のリアル)。まさに、当時の安倍・菅官邸が、公安警察が集めた個人情報によって、政治家や官僚の弱みを握って黙らせるという、独裁的な政治を進めていることが、元事務次官から告発されたといえる。

 

5 警察組織の政治的中立性が破壊されている

2019715日、札幌で参院選の演説をしていた安倍首相にヤジを飛ばした市民が強制排除されるという事件が発生した。総理に不快な思いをさせないために、総理の演説に対するヤジは取り締まるように、全国の警察組織に対する指令が出ていたとすれば、このような警察権の行使は明らかに警察法2条違反である。

総理の目となり、耳となって官邸を支える内閣情報調査室は、実質的には警察機構のトップに君臨しながら、警察組織ではないという理由で、警察法の軛を免れ、官邸の私兵と化している。そして、安倍政権で長く内閣情報官を務めてきた北村滋氏が、国家安全保障局の局長に就任した。官房副長官の杉田氏が内政を、国家安全保障局長の北村氏が外政を担当することで、菅政権の下で両名とも留任している。官邸は、警察出身者に完全にコントロールされている。これにデジタル情報を集約したデジタル庁が加われば、戦前の「内務省」の悪しき部分を現代的に復活させるような怪物機関が誕生する恐れがある。

 

第3 今こそ求められるプライバシー保護のための独立監視機関

1 プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる

共謀罪の法案審議が頂点を迎えていた2017年5月、国連人権理事会の任命するプライバシー問題に関する特別報告者であるジョゼフ・カナタチ氏が、この法案が刑事法に求められる明確性を欠いていること、市民のプライバシー侵害を拡大する恐れがあるにもかかわらず、その歯止めを欠いていることを指摘する公開書簡を安倍首相に送った。

カナタチ氏は同年10月2日に来日され、日弁連における講演で、プライバシー保護のためのセーフガードについて、①監視システムは、使用前に法律によって定められなければならず、実際の監視が行われる前に、事前の独立した認可を受けなければならないこと、②国家による個人の行動の意図的な監視は、対象を特定し、合理的な疑いに基づいてのみ可能であること、③国際的な監視システムが必要であることなどを提言されている。

カナタチ氏によって示されている条件は、極めて具体的で、日本でも、実施可能なものである。私たちも、ドイツやオランダなどのプライバシー保護の先進国に学ぶ必要がある。情報警察活動に対する市民的な監視を強化していくことも、私たちに課せられた重要な課題である。

 

GAFAと公的機関の両方の規制の強化が急務

グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどの巨大IT企業が集めた個人情報ビッグデータが商業活動だけでなく捜査機関による市民監視にも使われている。このことについては、スノーデン氏の告発によって、アメリカ政府が世界中から集めたデジタル情報を検索できるプリズムシステムやXkeyScore(スノーデン氏がメディアに提供した文書により、NSAが日本の情報機関などに対し、インターネット上の電子メールなどの情報を収集・検索できる「XKEYSCORE」と呼ばれる監視システムを提供していたことが明らかになったと20174月にNHKが報じている。)などのシステムの存在が世界的に明らかにされた。

また、共同通信などの調査報道によって、検察庁が、約300の企業などのリストをつくり、捜査照会を利用し、個人情報を取得していることが、明らかになった。リストには、航空、鉄道など交通関係の会社、コンビニ、スーパー、家電販売店、携帯電話会社などさまざまな企業名が載っているという。このリストは、警察の協力のもとにつくられた。捜査機関が、捜査関係事項照会制度を利用し、裁判所の令状なしで個人情報を取得していたのである。

これに対して、EUでは、GAFA規制を主たる目的として、GDPR指令が制定され、市民のプライバシー保護が図られようとしている。しかし、日本では、個人情報保護委員会は民間企業の規制の権限しかない。2019年9月、リクナビが学生の同意を得ないまま内定辞退率の予測データを顧客企業に販売していたことが発覚し、同委員会が、リクナビに厳しい勧告を行った。しかし、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しない。監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPRにならって、巨大IT企業の情報の収集、保管、利用等についてのみならず、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、政府から独立した機関によって厳格な規制を行うことを義務づけることが急務となっている。

 

3 自由権規約委員会の審査の事前質問リストに共謀罪・秘密保護法が取り上げられた

2020年春に予定されていた自由権規約委員会の審査のために、委員会が日本政府に示した事前質問リストの第9項は、「有事及びテロ対策」が取り上げられ、自民党の憲法改正案の緊急事態条項が取り上げられている。その後に、①共謀罪法における「組織的犯罪集団」、「計画」及び「準備行為」等の共謀罪の構成要件が、法的安定性及び予測可能性の原則を遵守していないこと、②共謀罪法の別表4に含まれる277 の新たに設けられた犯罪にはテロリズム及び組織的な犯罪とは明らかに無関係な犯罪が含まれていること、③表現等の自由が不当に制限され、自由権、公正な裁判を受ける権利が侵害されるおそれがあること等の懸念に対する返答を求めている。

さらに、特定秘密保護法は2014年の委員会の総括所見( Alt_Rep_JPRep6_ICCPR_ja180308.pdf (nichibenren.or.jp))にも取り上げられ、「締約国は、特定秘密保護法とその運用が、規約第19 条の厳格な要件に合致することを確保するため、あらゆる必要な措置をとるべきであり、特に次の事項を保障すべきである。(a) 特定秘密に指定され得る情報のカテゴリーが狭く定義されること、かつ、情報を求め、受け及び伝える権利に対するいかなる制約も、国家安全保障に対する特定かつ同定可能な脅威を防止するためのものであって、法定性、比例性及び必要性の原則に合致するものであること。(b) 何人も、国家安全保障を害することのない正当な公共の利益にかなう情報を拡散・頒布したことについて罰せられないこと。」と勧告されている(23)

今回の審査でも秘密保護法は、再度質問リストに挙げられている。第25項では、総括所見にある事項だけでなく、「秘密保護法によって設立された監視メカニズムは十分に独立し、指定された情報にアクセスできるものとなっているかが質問されている。、コロナ禍のために延期されているが、特定秘密保護法や共謀罪、監視捜査の規制などが取り上げられる可能性があり、国内の制度の改善に役立つ可能性がある。デジタル庁創設にあたっても、これら自由権規約委員会から提起されている問題点に対応した関連法案の策定が求められている。

 

4 ないに等しい秘密指定に関する独立監視機関

特定秘密保護法に関連して設立された政府・国会の機関は十分機能しているとはいえない。独立公文書監理監は、秘密を指定する機関からの出向者の集まりで、この機関の活動によって政府の不適切な秘密指定が改善された例はほとんど見られない。全く独立性が欠け、監視監督の熱意に欠けている。監視機関の体をなしていない。

これに対して、衆院・参院に設けられた情報監視審査会は一定の独立性があるし、委員は熱心に活動している。しかし、例えば、参院の情報監視審査会では2019年の報告書によれば、国家安全保障会議と防衛省の特定秘密を開示するように動議が提出されたが、三対五の多数決で否決された。与党委員が反対すれば、秘密の提示を求めることもできない仕組みとなっている。また、衆院の情報監視審査会でも、国家安全保障会議の四大臣会合の議事録提示は困難と答弁されたと報告しており、同審査会の権限の行使に制約があることが示されている。

 

5 アメリカにおける秘密指定解除の仕組み

アメリカでは、同国が「秘密大国」と呼ばれるように、膨大な情報が秘密指定されているが、他方で、政府が秘密の闇に閉ざされないような仕組みも整備されている。

まず、次の目的で行う機密指定は禁止されている(大統領令1.7(a)項)。

(i)法令違反、非効率性の助長又は行政上の過誤の秘匿

(ii)特定の個人、組織又は行政機関に問題が生じる事態の予防

(iii)競争の制限

(iv)国家安全保障上の利益の保護に必要のない情報の公開を妨げ、又は遅延させること

次に、アメリカでは複数の秘密指定解除の仕組みがある。その仕組みの中で重要な役割を担っているのが、ISOOとISCAPである。情報保全監察局(Information Security Oversight Office)は、国立公文書館の部局として設置されている。情報保全に関する行政監察権限とともに、行政機関に対する機密解除請求権が付与されている(国立国会図書館「調査と情報」6頁)

 

省庁間機密指定審査委員会(Interagency Security Classification Appeals Panel)は、機密指定に関して重大な役割を担う行政機関の代表者(国務省、国防総省、司法省、国立公文書館、国家情報官室及び国家安全保障問題担当大統領補佐官から同委員会の構成員として任命された幹部レベルの代表者並びに必要に応じ中央情報局長官が指名する非常任の代表者)による合議制機関であり、審査請求に対する裁決等を行う(前掲「調査と情報」6頁)

他方、日本の特定秘密保護法4条は、秘密の解除と有効期間について定めているが、特定秘密を最終的に公開するための確実な法制度となっていない。30年以内の保存期間のものであれば、闇の中で廃棄してしまうことが可能な仕組みとなっている。また、日本の公文書管理法は2009年に制定されたが、多くの特定秘密が市民の目に触れることなく廃棄されることとなる可能性がある。このことは、平成29年衆院情報監視審査会報告書でも指摘されている(衆議院欧米各国の情報機関に対する議会監視等実情調査団報告書に添付されていた「2012 Annual Report to the President9頁の翻訳による。)

日本においても、アメリカにおける次のような秘密解除の仕組みを参考に、秘密解除の実効性のある仕組みを構築していかなければならない9

(1)自動秘密指定解除

情報の作成から25年が経過した各暦年の1231日に、当該情報の秘密指定を解除するもの

(2)体系的秘密指定解除審査

自動秘密指定解除を免除された記録に対して義務付けられているもの

(3)裁量的秘密指定解除審査

解除による公益が秘密指定を継続する必要性より大きくなった場合、または、省庁が、情報の保全はもはや不要となり、早めに秘密指定解除できると判断した場合に行われるもの

(4)強制的秘密指定解除審査

国民からの請求を受けて、情報の秘密指定解除を行うかどうかを直接的かつ特別に審査するもの

ISOO「2015 REPORT TO THE PRESIDENT1014頁によると、2015年に自動秘密指定解除により秘密指定解除されたのは3,6042,022頁、体系的秘密指定解除審査により秘密指定解除されたのは706,859頁、裁量的秘密指定解除審査により秘密指定解除されたのは3708頁である。また、強制的秘密指定解除審査により、全部秘密指定解除されたのが24717頁、一部解除されたのが109,349頁となっている。十分かどうかは置くとして、一定数の秘密指定解除がなされ、秘密指定された情報が事後的に検証可能な状態となっている事実が浮かび上がる。

 

6 ドイツにおけるデータコミッショナーによるプライバシー保護のための活発な活動

日弁連は、2017 年6月13 日に、ドイツ連邦共和国のボンにある連邦データ保護コミッショナーを訪問し、ガブリエール・ルーフナー氏(警察・情報機関のデータ保護にかかる部署の課長)らと面談し、ドイツ連邦における市民の情報監視・監視カメラ等の状況について調査した。以下は、その際の聞き取り調査報告書(日弁連ホームページで閲覧可能)の要約である。

〇連邦刑事局では、分野別(薬物犯罪、左翼過激派など)にデータ管理をしてきた。しかし、これが2018 年発効の法律で、個別データが廃止されることになる。今までのやり方は、この分野におけるデータ(例えば薬物犯罪)を作る場合、こういう目的でデータを集める、具体的にどのようなデータを保存するのかについて、細かく規定していた。それを連邦データ保護コミッショナーが監督していた。

〇現在上がってきている連邦刑事局法改正案では、個別データの作成ということをなくし、一つの大きなデータとして扱うことになる。そこで問題なのは、①余りにもグローバルなものになり、個別具体的な目的が不透明になる、②連邦コミッショナーがデータを作成する前に監督に入ることがなくなる、さらに、③監督そのものが難しくなることである。③については、目的がはっきりしていないので、保存されている人のデータが、法に抵触しない形で保存されているかどうかの監督が難しくなることを連邦データ保護コミッショナー意見書で指摘した。

〇一度こういうデータに入ったらなかなか削除してもらえなくなってしまう。これまでは、犯罪データの中に数年間データとして入って、その後削除されていた。しかし、大きなデータの中に入ると、他の人と何らかの関連があると、関連がある人がデータに残っている限り、ずっと残ってしまう。大きなデータベースになると、どこで、どのように、何がつながっているのか、容易に比較できるようになる。これは、警察側の大きな目的の一つであり、連邦警察、州警察、憲法擁護庁の共同データベースもある。根拠は「共同データベース法」である。

〇ドイツでは、警察と情報機関の分離原則がある。これは、第三帝国時代のゲシュタポの反省も込めて、必ず分離しないといけないという原則である。テロ対策データベースと、右翼過激派データベースが、共同データベースになっている。

2013 年~2014 年当時、連邦憲法擁護庁、警察の共同データベースの中の、特に、暴力的でかつ過激派である人のデータベースの中に、絶対にこのようなデータベースに入らないような人も入っていた。核廃絶運動の参加者で、デモに参加しただけで、データベースに入っていた例もあった。これは非常に問題であるとして削除してもらった。

〇連邦憲法裁判所が常に強調していることは、あることに反対であると表明すること、例えばデモに参加するということ、それは政治的な主張であって、法治国家を破壊することではないということである。

〇監督する場合に注目していることは、いわゆる関係者(過激派や重度の犯罪者と何らかの接触がある人)は、接触しているだけであって、実際にその人が犯罪者であるとかテロリストであることを知らないで、社会的なコンタクトをしている場合がある。

〇相手が何者かわからないで接触している人はそれがわかった段階でデータから削除しないといけない。実際に活動を直接的、間接的に支援している場合にはデータに残しても良いと規定されている。

〇憲法擁護庁は、警察より早い段階からデータ収集を始める。市民は、憲法擁護庁の秘密裏の監視の対象となっているか知らないということがほとんどである。そのため、独立した監督機関が重要になる。

〇連邦刑事局と税関刑事庁(麻薬の密輸などの犯罪を担当)のデータベースを連邦データ保護コミッショナーが、各州警察のデータベースを州データ保護コミッショナーが監督するということを行った。

〇人員などについては、州は規模によって違う。例えばブレーメンは19 名だけである。連邦データ保護コミッショナーは、今110 人程度である。年末に170 人に増員することが決まっている。例えば、EUのデータ保護規則発効に向けて、人を増やしてくれないとできないと要求している。

〇テロ対策データベースを作っていく作業は秘密裏に行われるので、市民は抵抗することもできない。そこで、連邦データ保護コミッショナーによって、市民に代わって役割を果たす義務が、連邦憲法裁判所によって課せられている。

2013 年4月24 日のテロ対策データベース判決は、連邦データ保護コミッショナーにとっては最高の判決である。2016 年の連邦刑事局法の判決の中でも、監督の重要性が述べられている。実際にこの数年間で、憲法裁判所が、非常にデータ保護の立場に立ったすばらしい判決を出している。

〇連邦データ保護コミッショナーは、創設されてから連邦レベルの機関が監督対象だったので、憲法擁護庁、軍事諜報局、連邦情報局などが対象となる。データを見ることができる職員は、セキュリティチェックが済んでいる人で、レベル2の人が普通だが、トップシークレットの内容を扱うレベル3の人もいる。しかし、見てはいけないデータベースも実はある。

〇それを監督できるのが、連邦議会に設置されている基本法10 条審査会である。ある監視措置の監督について審査が必要という場合、基本法10 条審査会に審査を申請し、基本法10条審査会に報告が行われることが必要である。基本法10条審査会の措置が理由で憲法擁護庁が更に情報収集をした場合、それを誰が監督するのかという問題が残っている。

ドイツにおけるデータコミッショナー制度は、デジタル庁の創設にあたって、日本でも参考にするべき制度である。同様の監督機関はEU各国で創設されつつあり、オランダにも、情報機関の集めた情報を見て、不適切な情報が秘密指定されていれば公開させ、誤った個人情報が収集されていれば、これを訂正させる権限を持った機関が活動している。

他方、日本では、このような機関は皆無であり、情報機関の活動は深い闇に覆われ、これを適切に監視・監督する政府機能は皆無である。

 

7 特定秘密の指定、情報機関・デジタル庁・公安警察などの情報活動に対する独立監視機関の設立が必要である

以上に見たように、アメリカには情報機関の活動を監督する複数の機関が活発に活動し、オランダ・ドイツでは情報機関の監督機関が活発に活動している。日本でも、特定秘密の指定状況や情報機関の集めた情報の中身を見て、これを是正勧告できる機関が必要である。

国の秘密情報活動を適切に監視し、市民に対する違法なプライバシー侵害を未然に防ぐためには、政府から独立し、情報公開と個人情報保護のための強い熱意と専門性を備えた委員から構成される独立監視機関が必要である。そして、これらの委員には、人権NGOのメンバー、弁護士、秘密と情報に関する研究者などが任命されることが望ましい。

仮にデジタル庁を作るという政府の動きを止めることが難しいとすれば、すくなくとも、デジタル庁の創設と同時に、特定秘密の指定並びに情報機関及びデジタル庁の活動に対して監視する独立監視機関を作ることが、絶対に不可欠である。

 

第4デジタル庁関連一括法案の予測される内容

1 デジタル庁にはかなりの準備の歴史がある。

2000年にIT基本法の制定、2014年にサイバーセキュリティ基本法の制定とサイバーセキュリティ戦略の策定・戦略本部の設置、2016年には、官民データ共用推進法の制定と官民データ活用推進基本計画の策定・戦略会議の設置が行われている。

2019524日、行政手続きを原則として電子申請に統一するデジタルファースト法が、参院本会議で可決、成立していた。デジタルファースト法は、次のことを目標としていた。

① 行政手続の原則デジタル化=デジタルファースト

② 一度提出した情報は二度提出することを不要とする=ワンスオンリー

③ 官民手続を一度に済ます=ワンストップ

 

2デジタル庁は、監視社会の完成のための国・地方・企業のデジタルインフラの共通化を目的とするものではないか

(1)デジタル庁のセールストーク

1)経済・生活:台湾の保健省は、デジタル化によってマスクの購入を調整

2)行政:厚労省の雇用調整助成金の申請システムのトラブルが頻発

3)働き方:コロナ禍でも書類に押印するためだけに出勤、政府間会議でもシステムの違いでオンライン会議の開催が困難

コロナ対策でPCR検査が進まないことの背景にも、政府のITが恐ろしく時代遅れになっている事情がありそうで、何とかしてほしいと思っている方も多いと思う。現在内閣府のIT室に160名(半分は各省庁、半分は民間)が勤務しており、このIT室がそのままデジタル庁になっていく可能性があるとのことである。

()菅首相以下が説明するデジタル庁創設の公式の目的

1)マイナンバーカードの活用・拡大

2)迅速な給付の実現のため預貯金口座とマイナンバーの紐付けをすすめる(現時点では、強制ではないとしているものの、いずれ強制されるようになることは目に見えている)

3)コロナ禍でオンライン化した学校の授業や病院の診療を今後も続ける。

4)国と地方のデジタル基盤の構築

3デジタル・ガバメント実行計画のポイント

安倍政権下では201912月「デジタル・ガバメント実行計画」が閣議決定されていた。その概要は、附録Ⅱに示した通りである。

国、地方公共団体、民間を通じたデジタル・ガバメントを推進し、行政の在り方をはじめ社会全体をデジタル化することが目的であり、「すぐ使えて」、「簡単」で、「便利」な行政サービスで、利用者にとって、行政のあらゆるサービスが最初から最後までデジタルで完結されるようにするとされている。

そして、安全・安心で利便性の高いデジタル社会の基盤であるマイナンバーカードの普及とマイナンバー制度の利活用の促進することを掲げている。

そして、デジタル・ガバメント実現のための基盤の整備として、統一的な政府情報システムの将来的な在り方などデジタル・ガバメント実現のためのグランドデザインの策定(令和元年度末目途)が目指されている。行政データの連携を推進し、行政保有データの100%オープン化を図るとされている。

また、政府CIOの下、全ての政府情報システムについて、予算要求前から執行の各段階における一元的なプロジェクト管理を強化し、政府情報システムの効率化、高度化等を図るため、デジタルインフラに係る予算については一括した要求・計上をするとしている。

また、地方公共団体におけるデジタル・ガバメントの推進、民間手続におけるデジタル技術の活用促進を図るとされている。そして、デジタル・ガバメント構築のための総合的な戦略として、官民データ活用推進計画の策定を推進するとされている。

 

5 省庁間の壁を壊すとされるデジタル庁構想への深刻な懸念

1 菅首相の説く「省庁間の壁を壊す」とは、個人情報保護のための壁を解体するということではないか

プライバシーの保護で最もリスクが高いのは、目的の異なるデータを、共通の符号(マイナンバーカード)をつけて共有化し、くし刺しで検索できるようにすることである。アメリカ政府がスパイのグーグルとして活用しているXkeyScoreは、まさにバルクで集めたデジタル情報を氏名・メルアド・生年月日などをキーワードにくし刺しで検索できるシステムだ。

マイナンバーカード番号、様々なカードの取引データ、メール・チャット、預貯金の口座、健康情報、監視カメラなどのデータ、公安・犯罪データなどが一元化され、くし刺し検索できれば、個人の行動と内心まで丸裸にすることができ、監視社会化を一気に進められる。官庁の壁を突き崩すということは、まさにプライバシーを保護してきた制度の壁を壊そうとしているのではないか。通常国会で成立したスーパーシティ法案は、一定の自治体を「特区」に指定してデジタル企業体にデータを集約して、「便利な」監視社会を実現しようとしたものだった。デジタル庁創設は、スーパーシティを一気に全国化することを狙った政策に化ける可能性がある。

また、政府内には特定秘密を指定している機関が多数存在している。これらの官庁には特定秘密だけでなく、特定秘密を取り扱う公務員などの適性評価に関連して集められた機微情報が多く集められている。これらの情報の管理は厳格になされる必要があり、またその適正を担保する仕組みが必要である。

2 多くのカードの統合化され、データの突合が検討されている

附録Ⅲは内閣府IT室の資料だ。これを見ただけでも、背筋が寒くなる。便利になるという話には、監視の深化というおまけがついて来るということだ。デジタル庁法案には最大限の警戒が必要だ。

3 急ピッチで進められる新たなシステム導入の中、個人情報保護の仕組みがどのように作られていくのかは不透明である。

()急ピッチで進められる法案策定

2020923日デジタル改革関係閣僚会議

同年1012日デジタル・ガバメント閣僚会議

同年1015日デジタル改革関連法案ワーキンググループ第1回会合

同年1028日デジタル改革関連法案ワーキンググループ第2回会合

同年1029日ワーキンググループ作業部会第1

デジタル化に向けた詳細な検討はワーキンググループと作業部会でなされているそして202012月にはデジタル・ガバメント閣僚会議にてデジタル改革の基本方針を決定し、早ければ2021年1月に召集される通常国会に一括法案として提出される予定である。

() 政府情報システムの見直し(予算一括してデジタル庁に)

①デジタル庁システム:共通利用できるシステム

②共同プロジェクト型システム:デジタル庁の技術的知見を活かした整備を要するシステム

③各府省システム:各府省が行うが是正が必要な場合はデジタル庁が勧告

 

4 提出されるデジタル庁法案について検証しなければならない人権保障上の問題点

法案の全貌は明らかにされていないが、警戒を要すると指摘する根拠を示しておきたい。

() 個人情報が内閣府・デジタル庁の下に一元的に集約される危険性がある。

個人情報を各所管別に管理保管するのではなく、デジタル庁を頂点とする中央集権的管理支配体制の構築が狙われている。省庁縦割りを打破するとは、個人情報の中央集権的管理支配を行うことが目的とされているということである。

() 個人情報保・自己情報コントロール権を突き崩すデータ共同利用権概念

2WGに慶応大学の宮田裕章氏がデータ共同利用権についてレポートを提出している。この論考は政府が進める施策に理論的根拠を与える目的で唱えられているものと推定される。この中で、本人同意がなくても国の機関や企業によるデータの共同利用に道を開くべきだとして、次のように説いている。

1.「データ共同利用権」(仮称)を設定し、データへのアクセスを推進するとともに、データによる価値創出を促進すること。

2.「データ共同利用権」(仮称)の対象となるデータは、気象データ等オープンデータとして取り扱うべきデータの他、パーソナルデータも含めたものとする。

3.「データ共同利用権」(仮称)に基づくパーソナルデータの取り扱いに関しては、GDPR 等の国際的なルールもふまえ、個人の人権を保証し、プライバシーのリスクが最小化されるよう、暗号化等の適切な安全管理措置を行うこと。

4.「データ共同利用権」(仮称)の実施のために、データへの第三者からの一定条件でのアクセスと利用を可能とするような、データポータビリティの担保もしくはAPI 連携の義務化を行うこと

5.「データ共同利用権」(仮称)にもとづくデータ利活用に際しては、物権や知的財産権における「共有」という排他的支配ではなく、データへのアクセス※と、生み出された価値/利益の還元の視点を中心に規定すること。そのため、可能な限り本人やデータ提供者への利益還元を行うこと。

※ ゲノム情報の取扱いに関する国際的な協力組織であるGA4GHGlobal Alliance for Genomics and Health)では、研究者内でのData Sharing からData Visiting(データを提供するのではなく利用のためにデータ保有者へのアクセスを可能とし結果を持ち帰ること)によってプライバシーを保護しつつデータによる価値実現の推進を行っている。

6.「データ共同利用権」(仮称)は、データ主体(本人)の同意やプラットフォーム事業者や公的機関等のデータホルダーによる許諾だけに基づくものではなく、データ取得方法、データの管理主体、データの利用目的等に鑑みて相当な公益性がある場合※に、データ利用を認めるものとすること。

※ 既に、がん登録法においては、同意に基づかない政策目的でのデータ収集・利用がなされており、2019年の高確法、介護保険法、健康保険法改正では、NDB と介護DB の連結解析と相当な公益性がある場合の第三者提供が認められている。

7.上記の実現のために、高度情報通信ネットワーク社会形成基本法(「IT 基本法」)その他、関連する法律において「データ共同利用権」(仮称)等の規定を導入し、民法や知的財産権各法等においても「データ共同利用権」(仮称)等を前提とした運用を可能とするよう検討を行うこと。

このような提案が、法案に含まれるかどうかは、現時点ではわからないが、本人同意を核とする自己情報コントロール権(=EUGDPRによる規制)を根底から突き崩し、個人データの共有化を政府機関・企業側の権利・権限として提起しているものと言わざるを得ない。

() あらゆる情報集約のポータルシステムとしてマイナンバー制度を定義し直す。

マイナンバー制度は内閣官房・内閣府・総務省などが役割分担して所管してきたが、デジタル庁がマイナンバー制度全般の企画立案を行う方向で検討がなされている。

そして、税・社会保障番号から「デジタル庁」番号へと転換し、スマホにマイナンバーを搭載することが検討されている。

() マイナンバー力一ドを運転免許証に利用することによって、あらゆる情報を察へ集中できることとなる。

マイナンバーカードの交付枚数は、91日時点で2469万枚で、現状、全国民に広がる状況にはない。

そこで、特定給付金支給=マイナポイント、保険証利用・運転免許証利用、電子証明書による堅牢な本人確認の官民における安定的利用を目指すと言い繕って、運転免許証保持者:8200万人、保険証保持者:8700万人をマイナンバーに取り込もうとしている。

しかし、このことによって、マイナンバーカードの保険証利用がそれにとどまらず医療情報の一元管理に道を開くこととなるし、マイナンバーカードの運転免許証利用が警察への大量のマイナンバー情報の提供につながることになる。まさに、警察への個人情報の集中である。

() 自治体システムの共通化による地方自治の破壊

自治体の情報システムの共通化・標準化することも一括法案の中で提案される予定である。各自治体はこれまでその地域にあった福祉や住民サービスを提供してきた。だから自治体ごとにシステムが異なって当たり前だった。これを国のシステムに統一化するということは、自治体を国の直轄機関化しようとするものである。

自治体が制定してきた個人情報保護条例を国の個人情報保法に一元化するという方向性も検討されているという。

また、これに関連して2021年度から、国は自治体が行う「AI(人工知能)を活用した婚活支援事業」を補助金交付で後押しするとされている。年齢や年収といった希望条件に合わなくても、相性の良い見合い相手をAIで選び出すことで、婚姻数を増やし、少子化を食い止めようという狙いとされる。

現在、少子化対策として自治体の多くが「結婚を希望する男女を仲介するマッチングサービス」を実施している。これまでは年齢・学歴・職業・年収などの希望条件に当てはまる相手を紹介する方式が一般的であった。これに対しAIを活用したシステムでは、趣味や価値観などの質問への回答やシステム内の検索傾向などをもとに、希望条件と合致していなくても「自分に好意を抱く可能性のある人」を割り出し、提案することができるとされる。もちろん、これらの趣味や価値観に関する情報は本人の同意を得て集められるものであろうが、仮に本人が同意して集められた情報であっても、これが国に一元集約され、市民管理の道具として利用される可能性は否定できない。このような可能性がないことが担保される仕組み・システムが不可欠である。

() デジタル化とセットで進められるキャッシュレス

これらのデジタル庁関連文書にはキャッシユレスの文字が見られない。沈黙している。しかし、マイポイントにしてもポイント還元に現金はありえず、間接的なキャッシュレスへの誘導策のはずである。しかし、キャッシュレスは人の経済行動をデジタルで記録し、蓄積していく要の手段であり、デジタル庁の創設はキャッシュレスの大規模導入とセットで進められることとなるであろう。

() 一括束ね法案による国会審議の空洞化が狙われている

来年通常国会に提出が予定されているのは、デジタル庁創設法案だけではなく、番号法改「正」や1T基本法改「正」など5本を超える法案が「デジタル庁関連法案」として一括束ね法案として提出されようとしている。この中には個人情報保護法改「正」も含まれるという報道もある。

事前の法案の内容を明らかにして、パブリックコメントを行うことは絶対に必要であるが、この点も明確ではない。

きっちりと国会審議し、問題のある部分は修正させ、また、個人情報・プライバシー保護を徹底させた修正案を準備し、野党共同での提案を目指すべきである。このために、まず、野党の合同ヒアリングで、この問題について徹底して政府案の内容を事前に明らかにさせ、この法案の持つ危険な内容を社会的に明らかにする必要がある。

 

6まとめ

共謀罪の濫用は避けられているが、警察による市民・労組活動への監視・抑圧や、政府高官・ジャーナリストへの監視が強まっている。

特定秘密保護法による秘密指定は厚いベールに覆われ、その実態はわからない。独立した監視機関は、プライバシーの保護と表現の自由を守るために、絶対に必要であるが、今はないに等しく、その設立が急務である。

菅政権が準備しているデジタル庁関連法案は、政府、地方自治体及び情報企業のITを共通仕様化し、デジタル庁にあらゆる情報を吸い上げ、監視社会化を推し進める大きな推進力と化してしまう危険性がある。

弁護士会を含む市民社会と独立したジャーナリズムは、このような深刻な危機を自覚し、デジタル庁関連法案については、問題のある部分を修正させるだけでなく、附録に添付した2017年の日弁連人権大会決議「個人が尊重される民主主義社会の実現のため、プライバシー権及び知る権利の保障の充実と情報公開の促進を求める決議」も参考にし、個人情報・プライバシー保護を徹底させるべく修正させる修正案を準備し、野党共同での提案を目指すべきである。そのためにも、検討中の法案の内容を一刻も早く国民・国会議員に説明するよう、政府に強く要請すべきである。

 

 

附録Ⅱデジタルガバメント実行計画

安倍政権下では201912月「デジタル・ガバメント実行計画」が閣議決定されていた。その概要は、次の通りである。

デジタルガバメント実行計画gaiyou




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2019年10月14日

CODE46 監視社会の中で人は愛し合えるか?

CODE46 
  
監視社会の中で人は愛し合えるか?

                       海渡雄一
code46

(この映画評には映画のプロットが記されていますので、ご注意ください。)

 

「外」と「内」に分断される世界

この映画は、マイケル・ウィンターボトム監督が、監視社会の非人間性をSFの形で描いた傑作である。

舞台は、近未来の上海である。「内」には摩天楼がそびえ立ち、文字通りの未来世界である。しかし、周辺地域「外」は、中世の中国のままの貧しい世界が拡がっている。「外」から「内」に入るには、「パペル」と呼ばれる滞在許可証が必要である。ヒロインのマリアは、この「パペル」製造工場で働いている。

この世界では、クローン技術が進展し、遺伝子管理が究極まで厳格化されている。CODE 46により、100パーセント、50パーセント、25パーセント同一の遺伝子を持つもの同士の婚姻は禁じられ、計画外の妊娠はチェックされ、同一遺伝子同士の胎児は強制的に中絶される。故意のCODE 46違反の妊娠は重大な犯罪である。劇中でも、結婚する予定のカップルが遺伝子の検査に訪れて、「結婚可能」の判定を受けるシーンが描かれる。

 

違法パペル調査員の男と違法パペル偽造者の女の出会い

ウィリアム・ゲルド(ティム・ロビンス)は、セキュリティ会社ウェスターフィールド社の調査官である。スフィンクス社で製造されている滞在許可証『パペル』の偽造の調査のため、近未来の上海を訪れる。ゲルドは、『共鳴ウイルス』を体内に保持していて、他人が考えていることを読み取る能力を持っている。そして、シアトルで、妻、息子と共に「幸せ」に暮らしている。

 一方、マリア・ゴンザレス(サマンサ・モートン)は、スフィンクス社のパペル製造部門で働く女性である。しかし、違法パペルを作り、これを、自由を求めて海外出国を望む人々に渡している。マリアは、『外』と呼ばれる地区の出身で、若い頃に両親と別れている。

調査官のウィリアムは、違法パペルの偽造について調べるため、上海に出張する。都心に入るためには都市の『内』と『外』を隔てる検問所を通らなければならない。『内』と『外』での暮らしには天地ほどの差がある。検問所周辺には「内」に入るためのパペルを手に入れようとする人々が、旅行者に近づいて集まっている。上海に入る検問所で、ウィリアムは物売りの一人の男性からパペルをくれと要求される。

スフィンクス社で働くマリアは、毎年の誕生日に、決まって同じ夢を見る。夢の中で、マリアは電車に乗っており、毎年一駅ずつ通過し、今年は終点に辿り着くことになる。夢の結末を恐れるマリアは、誕生日の今夜は眠らないでいようと決心する。

ウィリアムは、違法パペルの調査に訪れたスフィンクス社のゲートで、マリアと出会い頭にぶつかりそうになる。

 

マリアが犯人であることを見抜きながら見逃すウィリアム

ウィリアムは、社長のバックランドから違法パペル偽造の容疑者リストを受け取る。ウィリアムは数人の容疑者を次々に聴取し、その中からマリアが犯人だと見抜く。しかし、マリアに惹かれていたウィリアムは社長に犯人はマリアではないと報告する。

スフィンクス社から家に帰る途中マリアは、尾行するウィリアムに気付いて近づき、「私を監視してるの」「私に気があるの」と声をかける。ふたりは中華料理屋で食事する。「なぜ、盗んだ」と聞くウィリアム。「お金のため、なぜ私のために嘘をついたの」と返すマリア、二人の距離はみるみるうちに近づいていく。

 

越境する自由の輝き

一緒に食事をとったあと、マリアはウィリアムを連れてクラブへ行く。この場末のクラブでは、クラッシュのミックジョーンズ(本物です ! )が「Stay or Go」を歌っているところで、ウィリアムの見ている目の前でマリアは知人のデミアンに違法パペルを手渡す。「これで旅立てる。デリーで最高のコウモリを見るんだ」と明るく話すデミアン。

ここで、マリアは、違法パペルを飲み込んで外に持ち出すやり方までをウィリアムに教える。ウィリアムは、マリアを自宅まで送る。マリアは自宅にウィリアムを招き入れる。マリアの家にはたくさんの植物が育てられていた。マリアはウィリアムに父母や今まで違法パペルを渡した人々の動画のアルバムを見せる。そして、彼らの顔が好きだという。まさに違法パペルを手にして旅立つ彼らの顔は「自由」に輝いているからだ。そして、マリアは、ウィリアムが彼らに少し似ているという。

マリアがうたた寝をしている間、ウィリアムは一枚の違法パペルを発見して入手する。目覚めたマリアはウィリアムにキスをし、二人は愛し合う。マリアの自然な表情がこのうえなく美しい。

翌朝、パペルの密売は良くないと責めるウィリアムに対して、マリアは「あなたは「外」で生活したことがあるか?」と問う。言い返せないウィリアム。

 この映画は「自由」について描いた映画であるが、サマンサ・モートンという中性的な希有な「自由の象徴」のような存在がなければ、全く説得力を持たなかっただろう。

翌朝、滞在パペルの失効が迫り、ウィリアムは別れを悲しむマリアと別れて空港へ向かう。検閲所で、ウィリアムは昨日会った物売りの男性に違法パペルを与える。彼に「自由」を与えるために。

 

記憶を消されたマリアと再会するウィリアム

シアトルに戻ったウィリアムは、マリアに連絡を取り続けるが、マリアからは何の返答もない。そんなある日、コウモリ研究家のデミアンがデリーで感染症にかかって死亡したとの報告がウェスターフィールド社に届き、上司からこの件の調査を命じられる。ウィリアムはいったんは断るが、再び上海へ赴くこととなる。

ウィリアムは、スフィンクス社を訪ねるが、マリアが休職していると知らされる。ウィリアムはマリアの自宅を訪れるが、マリアはいない。マリアが『マオ・リン・クリニック』に予定を入れていたことを突き止める。

クリニックを訪ねたウィリアムは、担当者にマリアのことを尋ねるが機密事項だとして何も答えない。しかし、担当者の心を読んで、マリアが妊娠し、CODE46に抵触したために『外』の病院に移送されたことを知る。

ウィリアムは『外』の病院へ行き、厳重な監視のもと、マリアと面会する。マリアはウィリアムのことを覚えておらず、デミアンのことも、違法パペルについても覚えていない。CODE46に従い、マリアは強制的に中絶手術を施され、今回の妊娠の相手と妊娠の記憶を全て消されていたのである。

 

記憶を取り戻すマリア、運命から逃げようとするウィリアム

ウィリアムは、マリアの身元を引き受け、マリアの自宅へ連れ帰る。ウィリアムは、マリアにデミアンの動画を見せる。その動画にはウィリアムも写っている。マリアは以前にウィリアムと出会っていたことを知る。

マリアが眠っている間、ウィリアムは遺伝子鑑定所へ行き、マリアの髪から採取した遺伝子と自分のものを照合する。マリアのDNAはウィリアムの母親のDNAと全く同じで、マリアは母親のクローンであることが判明する。遺伝子学上、マリアはウィリアムの母か母の姉妹ということになり、二人の関係はCODE46の重大な違反となる。ショックを受けたウィリアムは、マリアに黙って帰国しようと空港へ向かう。しかし、何故かウィリアムの滞在パペルの有効期限が切れているため出国できない。

 

運命の逃避行

ウィリアムはマリアのもとへ戻り、助けを請う。以前に検閲所で男性に渡した違法パペルが原因で、ウィリアムは出国を制限されたのである。スフィンクス社に出勤したマリアは、出国専用の違法パペルを入手して、シアトルに帰ろうとするウィリアムが待機する空港へ向かう電車の中で、マリアは誕生日の夢の結末に気付く。マリアとウィリアムの出会いは、避けることのできない運命だったということを。

マリアは、ウィリアムに違法パペルを手渡し、「あなたのことを思い出したわ」と告げる。ウィリアムは妻と息子の待つシアトルに戻るのをやめ、運命に身を委ねて、マリアとともにマリアの生まれ故郷である中東の街ジュベル・アリへと出発する。

 

監視テクノロジーに遮られる愛

『外』にあたるジュベル・アリで、マリアとウィリアムは運河を船で旅し、街中のホテルで愛し合おうとする。

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 しかし、マリアに投与されているウィルスのために二人はキスしようとしても拒否反応が起きてしまう。マリアの手足をベッドに縛り付け、ようやく二人は愛し合うが、翌朝、目を覚ましたマリアは、ウィルスの作用で、無意識のまま自分達のCODE46違反を通報してしまう。ウィリアムは全財産をはたいて、中古車を入手し、マリアを連れて砂漠へと逃げる。ラクダの群れを避けようとして、砂漠で車が横転し、二人は当局によって逮捕されてしまう。

ウィリアムは、マリアについての一切の記憶を消去され、シアトルに送り返される。病院で妻のシンディーと息子に迎えられ、ウィリアムは上海で仕事中に交通事故を起こしたという記憶だけを作られて、「平和な」家庭へと帰りつく。

映画の最後、マリアの記憶を消されたウィリアムはシアトルの快適な家のベッドで、妻と「愛」しあう。マリアは、『外』へ追放され、砂漠をさまよいながら、「I miss you」とつぶやく。なんと悲しい結末だろう。

 

監視社会に抑圧される自由の輝きの一瞬

 この映画は、世界が豊かな先進社会と貧しい第三世界にますます格差を広げ、監視社会の度合いを強めている現代世界の救いがたい非人間性を描いた映画ではあるが、他方で、人が人を愛すること、そして自由の貴重さと輝きを描いた映画であるともいえる。サマンサ・モートンとティム・ロビンスという希有な才能が、自由が制約されればされるほど、どんなささやかな自由も限りなく貴重なものとして輝きを増すことを、切ないほどリアルに描いた。

また、映画の中で、違法パペルを取得して自由を獲得した人々の多くが、ウィルスに感染して死亡する。このことは、自由は「危険」を内包していることの寓意だろう。「安全」を追い求めることは、人々に自由を放棄させる。危険と同居する自由を求めるか、安全の名の下に自由を放棄するかを、私達の生き方を映画は問いかけているのである。

私たち人間は自由であり、危険な世界の中で、互いに傷付きながら、絆を結び、意味のある人生を生きようとする存在なのだ。映画の後半で、マリアは「なにかがなくなっている」と、家の中を探し回るシーンがある。マリアは、ウィリアムとの愛を、そして自由そのものを探していたのだろう。私たちも、現代社会の中で何を失っているのか、考えるきっかけを与えてくれる映画である。

 

2003

監督:マイケル・ウィンターボトム
キャスト:サマンサ・モートン、ティム・ロビンス、ジャンヌ・バリバール、オム・プリ

 



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2019年10月12日

監視社会の進展の中で共謀罪の廃止を展望する

監視社会の進展の中で共謀罪の廃止を展望する

 

                海渡雄一

          (共謀罪対策弁護団 共同代表)



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なぜ、共謀罪は廃止しなければならないのか

 2017年6月15日には共謀罪法が制定され、2019年6月で満二年が経過した。政府は2016年夏頃から共謀罪法案(組織犯罪処罰法改正案)をオリンピックのテロ対策のために必要であるとの宣伝をはじめ、2017年3月には国会に新たな「テロ等準備罪法案」が提出された。法案の衆議院法務委員会ではわずか30時間の議論で強行採決され、参議院法務委員会に至っては、わずか17時間50分しか議論されないまま、2017年6月15日午前7時46分の参議院本会議における「中間報告」(国会法56条の3)により法務委員会の採決が省略され、共謀罪法案の採決が強行された。

共謀罪のどこがまずいのか。これまでは、極めつけの重大犯罪である殺人や強盗・放火についても予備罪しかなく、それらの共謀罪はなかった。刑法で何をしてはいけないかということが決まっていて、そういうことをしない限り、人間の行動は自由であるということが自由主義社会の基本的な前提である。刑法が定める犯罪構成要件は、国家が刑事司法を通じて市民社会に介入するときの境界線を画すものだ。277の犯罪について共謀の段階から処罰できる「共謀罪法」の本質的危険性は、この自由の境界線というべき犯罪が成立する要件のレベルを大幅に引き下げ、どのような行為が犯罪として取締りの対象とされるかをあいまいにし、国家が市民の心の中にまで監視の眼を光らせ、犯罪構成要件の人権保障機能を破壊してしまうところにある。 

制定20年を迎える盗聴法の適用が飛躍的に拡大する危険性がある

2015年に改正された盗聴法(通信傍受法)が2019年6月1日から全面的に施行された。盗聴法が2000年に制定された際、私たちは大きな反対運動を組織して、これに抵抗した。反対運動の効果もあり、対象犯罪は覚せい剤などの薬物と銃器の取引、組織的殺人、集団密航の4種類の犯罪に限定した。また、傍受が適切に行われることを確保するために、NTTなど通信事業者の常時立ち会いを義務づけることとした。このような強い規制により、通信傍受を行った事件数、令状の発布件数は少しずつ増えてきたが、激増するには至っていなかった。

 2015年改正では、新たに、9つの犯罪が追加され、窃盗、詐欺、殺人、傷害、放火、誘拐、監禁、爆発物、児童ポルノが、盗聴可能犯罪となった。この中の窃盗と詐欺は刑務所に入っている人の数でいえば、圧倒的な多数で、犯罪件数が年間100万件を超えている。

一応、「当該罪に当たる行為が、あらかじめ定められた役割の分担に従って行動する人の結合体により行われるものに限る。」とされているが、共犯事件であれば、どれでも当たるほど緩い要件である。法改正によって盗聴ができる範囲が一気に拡がることは疑いない。

また、手続きも緩和される。具体的には、通信事業者は令状に示されたすべての通信を録音し、これに暗号をかけて、警察署に送信する。警察官は、警察署内でつでもこの暗号を解いて、傍受された通信を聞いたり、見たりすることができる。そして、この暗号化の方法を用いれば、外部の事業者の立会なく、都道府県の警察本部や検察庁で居ながらにして直接盗聴できることとなった。このような制度改正により、これまで必要以上の盗聴が規制されていた歯止めが破られ、その実施件数が飛躍的に拡大する危険性がある。盗聴の実態は国会に報告される。これを注視し、野放図な拡大を食い止めたい。 

生コン支部事件と労働運動の危機

共謀罪の施行から2年以上が経過した。幸いにして現時点では共謀罪による検挙・起訴は報告されていない。法適用が食い止められているのは、日弁連や市民団体、野党の国会議員による厳しい法案批判が展開され、これを受けた法務省当局による、「組織犯罪集団」や「計画」などの要件を限定し、適用の抑制を求める法解説(「組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に 関する法律等の一部を改正する法律の解説」平成29年8月)が公表されていること、「共謀罪コンメンタール」(2019年現代人文社刊)の出版など、法適用に歯止めをかけるためのたゆまぬ努力があったからだ。

しかし、それで安心できるわけではない。懸念されるような警察捜査の事例が報告されている。沖縄の基地反対運動に対する威力業務妨害などによる大量検挙の例、普通の市民が取り組んだマンション反対運動で市民が暴行罪で検挙された無罪となった例も報告されている。とりわけ、関西で活動している、生コン関連労働者で組織する全日建関西地区生コン支部という労働組合の組合員60名以上が多数逮捕・起訴されるという刑事事件が、昨年から起きている。

この事件は、共謀罪が直接に適用された事件ではない。しかし、労働組合の日常的なコンプライアンス活動や争議権の行使の一部を犯罪事実として構成し、これに関与した組合員を、共謀を理由として、交渉・活動や争議行為の現場に一度も参加していない組合幹部や事業者まで含めて、のべ62人が逮捕され、今も5名の勾留が継続されている。そして、これらの事件では、例外なく、関係者のメールやラインなどが収集され、一般参加者までが警察の取調の対象とされている。一網打尽で検挙し、デジタル情報の収集によって関係者間の共謀を立証することで犯罪を立証しようとしている点において、共謀罪型弾圧の大規模な開始を告げるものだ。組織的威力業務妨害罪は共謀罪の対象犯罪である。このような共謀罪型弾圧が、仮に見過ごされ、捜査手法として定着してしまうと、将来、秘密保護法違反や共謀罪の事件が起こった際に、同様の共謀罪型弾圧がなされ得る。この重大事件について、一般のメディアは黙殺してほとんど報じていない。

確かに、ほとんどの労働組合がストライキをしなくなっている現代の日本では、生コン支部の原則的労働運動は、珍しい存在になっているかもしれない。しかし、過激な労働組合がやったことで、自分たちには関係ないと見過ごしていると、同様の弾圧が他の労働組合や原発反対・環境保護のための市民活動などにも広がって行きかねない。 

監視カメラと顔認証技術が結び付けば、究極の監視社会が現実のものとなりうる

西日本新聞の報道によると、「世界120都市の防犯・監視カメラの設置状況について英国の調査会社コンパリテックが調べたところ、住民千人当たりのカメラ設置台数(設置率)が多い上位10都市のうち8都市を中国が占めた。現在約2億台ある中国の監視カメラが2022年までに6億2600万台へ大幅に増加するとの推計も示し、監視社会が進む実態を指摘した。同社の報告書によると、監視カメラの設置率が最も高い都市は中国の重慶で、千人当たり168台に上った。2位は深圳(千人当たり159台)、3位上海(113台)、4位天津(92台)、5位済南(73台)と続いた。6位にロンドン(68台)が入ったが、7位は武漢(60台)、8位広州(52台)、9位北京(39台)と中国の都市が上位をほぼ独占した。10位は米アトランタ(15台)だった。

 少数民族ウイグル族への抑圧政策の一環として、多数のハイテク街頭カメラによる監視が指摘される中国新疆ウイグル自治区のウルムチは千人当たり12台で14位だった。公表された上位50都市に日本の都市は含まれなかった。」とされている。中国の監視カメラは顔認証技術と連動し、反政府活動や民族主義運動を行う市民は徹底的に監視されている。一般市民には、治安が改善したとして歓迎する声もあるというが、そもそも異を唱えることが不可能になっているともいえる。香港市民が逃亡犯条例に反対し、必死のデモを続けているのは、中国の監視システムに呑み込まれてしまうことを恐れているためであろう。このような中国の現実は、他人事ではない。手をこまねいていれば、日本も同じような状況となる可能性がある。

官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配

2018年末に「官邸ポリス」と言う題名の本が講談社から出版された。著者は「東京大学法学部卒業、警察庁入庁、その後、退職」とだけ、紹介され、経歴も年齢もわからない。内容は、安倍政権に奉仕する官邸内の警察官僚をはじめとして、外務省、財務省、警視庁、さらには報道機関などの生々しい実態が描かれている。この本は、政権に奉仕し、政権をコントロールさえしようとしている、杉田官房副長官と北村滋内閣情報官ら官邸ポリスを告発するために、書かれた内部告発本のようだ。

最近の毎日新聞のインタビューで、前川喜平元文科事務次官は、「この本が本当 だとしたら、現代の特高警察だと思いますよ。私は2016年の9月か10月 ごろ、警察庁出身の杉田和博官房副 長官から官邸に呼び出され「新宿の出会い系バーというところに行っているそうじゃないか」と言われた。「週刊誌から聞いた話だ」と。それなら週刊誌が私のところに来るはずですが、来ませんでした。」。「菅さんが総理になれば、もっとひどい警察国家、恐怖政治になるのではないかと懸念しています。」「そういえば杉田さんに官邸に呼ばれた時、「○○省の○○ 次官にもそういうことがあったよ」と言われたんです。それで「みんな尾行されているのかな」と思った。弱みを握られている人は役人だけではなくて、与野党の政治家の中にも、メディアの中にもいるかもしれない。そう思いました。」と述べている(毎日新聞6月20日 これが本当なら「現代の特高」…前川元次官が語る告発ノベル「官邸ポリス」のリアル)。まさに、安倍・菅官邸は、公安警察が集めた個人情報によって、政治家や官僚の弱みを握って黙らせるという、独裁的な政治を進めていることが、元事務次官から告発されたといえる。 

警察の中立性の公然たる破壊

総理に不快な思いをさせないために、総理の演説に対するヤジは取り締まるように、全国の警察組織に対する指令が出ていたとすれば、このような警察権の行使は明らかに警察法2条違反である。総理の目となり、耳となって官邸を支える内閣情報調査室は、実質的には警察機構のトップに君臨しながら、警察組織ではないという理由で、警察法の軛を免れ、官邸の私兵と化している。

総理の目、耳

 
そして、安倍政権で長く内閣情報官を務めてきた北村滋氏が、国家安全保障局の局長に就任すると報じられている。もし、このような人事が実現するとすれば、外務、防衛両省のメンバーが中心の国家安保局のトップに警察官僚が上り詰めることとなる。露骨な論功行賞である。官房副長官の杉田氏が内政を、国家安全保障局長の北村氏が外交の指揮を執るとすれば、安倍官邸は、警察出身者に完全にコントロールされることとなる。 

遅れている原則5年ごとの自由権規約定期審査

自由権規約に基づいて設立された条約機関である自由権規約委員会による日本政府に対する第7回審査が近く実施される予定である。第6回審査は2014年に実施され、特定秘密保護法などの分野も取り上げられた。

第7回の審査は委員会の5年サイクルからすれば、今年審査が行われるはずであるが、委員会が日本政府に提出した事前質問リスト(LOIPR2017年12月)に対する日本政府の回答が提出されないために審査期日の設定ができず、審査が遅れている。委員会は、政府の報告書提出を待たずに、来春にも審査を行う方針を表明し、日本政府と協議を始めている。 

委員会の事前質問に共謀罪、秘密保護法、監視捜査などが取り上げられている

共謀罪については、法案審査中に、国連人権理事会の特別報告者であるカナタチ氏によって国際人権法の観点から共謀罪法とその前提となるプライバシー保護のための法制度が欠けていることについて厳しい批判がなされた。

事前質問リストとは、委員会が日本政府に対する勧告を準備している事項について、政府の詳細な回答を求めるものである。

事前質問リストの9項は、「有事及びテロ対策」が取り上げられ、自民党の憲法改正案の緊急事態条項が取り上げられた後に、共謀罪法における「組織的犯罪集団」、「計画」及び「準備行為」等の共謀罪の構成要件が、法的安定性及び予測可能性の原則を遵守していないとされていること、別表4に含まれる 277 の新たに設けられた犯罪にはテロリズム及び組織的な犯罪とは明らかに無関係な犯罪が含まれていること、表現等の自由が不当に制限され、自由権、公正な裁判を受ける権利が侵害されるおそれがあるとの懸念に対する返答を求めている。

また、22項では、プライバシーの権利に関連して、ムスリムを対象にした無差別な監視と情報収集活動を防止し、違法な監視に対するセーフガードと効果的救済へのアクセスについて報告すること、顔認証カメラを含む監視カメラの使用及びオンライン監視が法律で規制されているかについても質問している。

25項では、特定秘密保護法が取り上げられ、情報のカテゴリー・サブカテゴリーをより厳格に定義すること、知る権利に対する制約は比例原則に沿い、特定の国家安全保障の目的に限定すること、何人も正当な公共の利益に資する情報を流布したことで処罰されないこと、秘密保護法によって設立された監視メカニズムは十分に独立し、指定された情報にアクセスできるものとなっているかなどが質問されている。

2020年春にも予定される、第7回対日審査では、特定秘密保護法や共謀罪、監視捜査の規制などが取り上げられる可能性がある。

委員会が厳しい勧告を行えば、特定秘密保護法や共謀罪の適用を厳格に制限することに役立ち、さらに、プライバシーを保護し、監視捜査に対して実効性のある監視システムを構築することにもつながるだろう。 

プライバシーの保護が人格の自律を保ち、表現の自由など自由権の核となる

共謀罪の法案審議が頂点を迎えていた2017年5月、国連人権理事会の任命するプライバシー問題に関する特別報告者であるジョゼフ・カナタチ氏が、この法案が刑事法に求められる明確性を欠いていること、市民のプライバシー侵害を拡大する恐れがあるにもかかわらず、その歯止めを欠いていることを指摘する公開書簡を安倍首相に送った。

カナタチ氏は同年10月2日には来日され、日弁連における講演で、プライバシー保護のためのセーフガードについて、監視システムは、使用前に法律によって定められなければならず、実際の監視が行われる前に、事前の独立した認可を受けなければならないこと、国家による個人の行動の意図的な監視は、対象を特定し、合理的な疑いに基づいてのみ可能であること、国際的な監視システムが必要であることなどを提言されている。

カナタチ氏によって示されている条件は、極めて具体的で、日本でも、実施可能なものだ。カナタチ氏は、ここに述べられていることをプライバシー保護のための国際人権基準として結実させることを目指している。私たちも、ドイツやオランダなどのプライバシー保護の先進国に学ぶ必要がある。情報警察活動に対する市民的な監視を強化していくことも私たちに課せられた重要な課題である。

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GAFA規制の強化が急務

グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンなどの巨大IT企業が集めた個人情報ビッグデータが商業活動だけでなく捜査機関による市民監視にも使われている。このことは、スノーデン氏の告発によって、アメリカ政府が世界中から集めたデジタル情報を検索できるプリズムシステムやXkeyScoreなどのシステムの存在が世界的にあきらかにされた。

共同通信などの調査報道によって、検察庁が、約300の企業などのリストをつくり、捜査照会を利用し、個人情報を 取得していることが明らかになっ。リストには、航空、鉄道など交通関係の会 社、コンビニ、スーパー、家電販売店、携帯電話会社などさまざな企業名がのっているという。このリストは、警察の協力のもとにつくられた。捜査機関が、捜査関係事項照会制度を利用し、裁判所の令状なしで個人情報を取得していたのである。

これに対して、EUでは、GDPR指令が制定され、市民のプライバシー保護が図られようとしている。しかし、日本では、個人情報保護委員会は民間企業の規制の権限しかない。9月、リクナビが学生の同意を得ないまま内定辞退率の予測データを顧客企業に販売していたことが発覚し、この委員会が、リクナビに厳しい勧告を行った。しかし、公権力によるプライバシー侵害については、これを規制する機関が存在しない。監視社会による市民の自由の危機を防ぐためには、日本でも、GDPRにならって、政府から独立した機関によって巨大IT企業の情報の収集と保管と利用について、公的機関によるプライバシー侵害も含めて、厳格な規制を義務づけることが急務となっている。 

共謀罪は廃止できる

共謀罪は、おそらく最初は、暴力団や詐欺集団、人身売買、児童ポルノなどのケースが狙われ、「共謀罪は女性や子どもたちの安全に役に立った」というキャンペーンが張られるかもしれない。しかし、そうした事件の多くが、現実に組織犯罪集団によって繰り返されている既遂犯罪であり、新たに「共謀罪」を創設しなければ、本当に摘発できない犯罪であったかどうかを慎重に検証しなければ、共謀罪法の必要性を論証したことにはならない。

そして、2017年の秋の臨時国会には、立憲民主党、共産党、社民党、自由党などの野党共同提案によって共謀罪規定を廃止する議員提案法案が国会に提出され、この法案はその後も廃案とされることなく、継続審議となっている。2019年参議院選挙における立憲4党(社民党、立憲民主党、共産党、国民民主党)等と市民連合の政策合意の第2項に、「共謀罪」などの立憲主義破壊の法律は廃止することが盛り込まれた。野党連立政権の成立によって共謀罪を廃止することができる道筋が明確になったのである。開会中の国会では、参議院にも共謀罪廃止法案の提出を目指したい。

共謀罪は、市民が萎縮することなく、きちんと意見を述べられる社会を守るために、廃止しなければならないし、わたしたちの努力によって廃止できるのだ。

 



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2019年10月11日

スノーデンの告発と私たちの日常を結ぶもの -監視社会は世界を牢獄化し、人間の考える力を奪う-

 

スノーデンの告発と私たちの日常を結ぶもの

-監視社会は世界を牢獄化し、人間の考える力を奪う-

 

                         海渡 雄一

 

私たちの社会の自由のあり方が問われている

今回の映画評は、世界全体を牢獄化する米政府による包括的な監視システムの実体を暴いたスノーデン氏の告発に関する二本の映画を取り上げたい。監獄映画としては、番外編かもしれないが、スノーデン氏自身が、ロシアに政治亡命しているものの、アメリカ政府から見たときには、お尋ね者で、プーチン大統領とトランプ大統領の関係次第で、身柄をアメリカ政府に引き渡されてしまうかもしれない。アメリカの秘密保護制度のもとでは、スノーデン氏は犯罪者として取り扱われているのである。共謀罪が激しく議論されている今、これらの映画でスノーデン氏が指摘した監視社会の問題をどのように考えるのか、私たちの自由のあり方そのものが問われている。

取り上げる映画は、一本はローラ・ポイトラス監督のドキュメンタリー映画「シティズン・フォー」、もう一本はオリバー・ストーン監督の劇映画「スノーデン」である。

「シティズン・フォー」は、アメリカ政府のスパイ行為を告発したエドワード・スノーデンによる一連の事件のはじまりと真相に迫ったドキュメンタリー。第87回アカデミー賞で長編ドキュメンタリー賞を受賞した。2013年、ドキュメンタリー映画作家であるローラ・ポイトラスに接触をしてきた者がいた。重大な機密情報を持っていると、香港でのインタビューの現場に現れたのが、元CIA職員のエドワード・スノーデンだった。スノーデンの口から語られたのはアメリカ政府によるスパイ行為の数々。世界各国の要人、さらに一般国民の電話やインターネット等をも傍受しているという驚くべき事実であっった。

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 もう一本の映画、「スノーデン」では、9.11後のアメリカをテロから守りたいと考え、軍に志願し、大けがを負って除隊されたスノーデンは、CIAに採用される。スノーデンは、卓越したコンピューター技術で、上司にも認められ、2007年からジュネーブの米国連代表部で働くようになる。NSAの契約スタッフとして米軍の横田基地で働き、ハワイのCIAセンターでも働く。CIA、NSAで働くうちに、アメリカ政府が行っている市民に対する監視システムの全体像を知り、それが正義にかなうものかどうか、煩悶しながら、内部告発に踏み切る過程を、劇映画として描いている。主人公のジョゼフ・ゴードン・レヴィットがスノーデン氏にそっくりで、すべてトップシークレットと言って良いCIAやNSAの機関内部での活動が、生々しく描かれる。このような映画は、恐れを知らないオリバー・ストーン監督だからこそ作ることができたものであり、映画が作られたこと自体が驚きだ。

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コレクト・イット・オール

スノーデンの告発は、これまでその存在が噂され、皆があるだろうと考えてきた、アメリカ国家安全保障庁(NSA)によるIT技術を道具とした世界監視システムの具体的なシステムと能力が明らかにされたことである。NSAのpolicyは、Collect it allすべてを収集せよ、というものである。

 アメリカ国家安全保障庁(NSA)は全世界の無線通信を捕捉できるエシェロンシステムを運用していたが、インターネット時代に即応し、プリズムと呼ばれるデジタル情報の世界的監視システムを構築した。

NSAの契約先の技術者であったエドワード・スノーデン氏は、2013年6月、ポイトラス氏、グリ-ンウォルド氏、そして英ガーディアン紙に情報を提供し、NSAがあらたに開発したプリズムというシステムを使って、SNSやクラウド・サービス、あるいはインターネットの接続業者など大手のIT企業9社のサーバーから直接網羅的にデータを収集していたという事実を暴露したのである。このやりとりは、香港のミラホテルの一室で行われる。彼らが出会うところは、両方の映画に出てくるが、ドキュメンタリーの方は、まさに実話だけに手に汗を握る展開だ。トップシークレットを保持する内部告発者とこれを報道する熱意と能力と勇気のあるジャーナリストが出会うことができ、報道ができたこと自体が奇跡だということを、ふたつの映画はあらためて知らせてくれる。

 

情報を集めれば、人を破滅させることもできる

このプリズムシステムは、一ヶ月でメールは970億件、電話1270億件が収集されていたという。この9社とは、Microsoft、米YahooGoogleFacebookAOLSkypeYouTubeApplePaltalkであり、NSAはこれらの会社の保有するサーバーなどに自由にアクセスすることができたという。フェイスブックのチャットやグーグルの検索履歴、ヤフーメールなども傍受できたという。

このシステムの「Eメールアドレス・クエリー」の操作画面がグリーンウォルド「暴露」(新潮社2014年)の236-237ページに掲載されている。「クエリー名、監視理由、日付の範囲、検索したいEメールアドレス(複数可)」の欄に入力し、送信ボタンを押すだけで、必要な情報が得られるシステムとなっていた。そして、NSAは、そのメール解読ソフトによって集積されていたデータから、メールの履歴(ヘッダー)だけでなくコンテンツ(内容)まで読むことができるとされている。このプリズムによって2012年には22000のメールドメインから情報の収集が可能であったという(同書172ページ)。

映画「スノーデン」では、このシステムを使えば、情報機関は、どんなことができるかを、映像で実際にやってみせる。劇映画の強みは、このようなことができるところだろう。スノーデンは、ジュネーブでの活動中に、一人の中東の銀行家の私生活上の弱点を握り、情報機関の協力者にするために籠絡しようとする。その銀行家は破滅していく。情報を収集すると言うことは、ターゲットの弱点を知り、権力の意のままに人を操縦できるようにし、個人を経済的にも精神的にも破滅させることができるのである。

 

SSOの恐るべき内容

NSAの傍受システムにはプリズム以外に、次のようなシステムが存在した。アップストリームによる傍受すなわち、光ファイバー・ケーブルの情報をそのまま収集するというやり方が執られていることが判明している。スノーデンはこれこそが、今日のスパイ活動の大半であり、核心であると述べている。SSO(特殊情報源工作)は、大洋横断通信ケーブルの上陸地点に設備を作り、ケーブルからNSAのデータベースに情報を転送する仕組みとなっている。

「スノーデン監視社会の恐怖を語る」(毎日新聞出版 2016年)は、監視社会の社会学的研究を専攻する小笠原みどり氏が、日本人ジャーナリストとしてはじめてスノーデン氏にロングインタビューをすることに成功した記録である。この本によると、日本の接続点は「新丸山」として特定されている。「この光ファイバー・ケーブルはベライゾンのほか、中国、台湾、韓国の5社が06年に共同建設に合意。08年春にAT&Tと日本のNTTコミュニケーションズも参加して、同年秋に完成した。各国のケーブル上陸地点に陸揚げ局があり、NTTは千葉県南一房総市に新丸山局を設置。米側はケーブルがオレゴン州北部のネドンナ・ビーチに上陸、内陸側のヒルズポロにベライゾンが陸揚げ局を置いたことが判明した。これが窒息ポイント「BRECKENRIDGE(ブレツケンリッジ)」と位置的に重なる。つまりアジア地域から入る膨大なインターネット、電話情報の一部が、オレゴンでNSAに押さえられているらしいことがわかった。

同記事は、11年の東日本大震災で海底ケーブルが損傷し、FAIRVIEWの情報収集が約5カ月滞ったが復旧した、と告げる文書も公表。複数の通信会社と提携した、複数の地点で、日本の通信は日夜NSAに『窒息』させられている。」

 日本に提供されていたXKeyscore

 2017年4月、共謀罪法案が国会で議論されていた時期に、米国が日本に対してXKeyscoreを提供したという事実が、アメリカの人権団体インターセプトによって公表されました。この事実は、当時NHKでもスノーデン氏のインタビューも交えて報じられたのですが、編集に圧力が加えられたせいか、何が問題なのかさっぱりわからない番組になっていました。
 ガーディアン紙のグレン・グリーウォルド(Glenn Greenwald)によると、下級分析官はXKeyscoreのようなシステムを使うと「電子メールであれ、電話での会話であれ、閲覧履歴であれ、Microsoft Word文書であれ、彼らの望むものは全て傍受することができる。それらを実行する際、裁判所を訪ねる必要も所属部署の上司の承認を得る必要もなかった」と語っている。 

 彼はさらに、分析官たちは長年の通話を収集したNSAのデータバンクを検索し、「NSAが保存したあらゆる通話や電子メールを傍受したり、Web閲覧履歴や利用者が入力したGoogleの検索語を参照したり、特定の電子メールアドレスに送受信した人々やそれらのIPアドレスが将来現れた際に警告する」ことができる、としている(Rea, Kari (2013年7月28日). “Glenn Greenwald: Low-Level NSA Analysts Have 'Powerful and Invasive' Search Tool”. ABCニュース 2013年8月4日閲覧)。 

 日弁連で2017年10月に講演したカナタチ氏は「XKeyscoreの傍受ポイントは,米国,オーストラリア,英国,フランス,もうありとあらゆるところにあります。4年前で,この状態です。これは,少なくとも4年前のデータです。150箇所,700のサーバーがXKeyscoreを使っています。」と述べている。

 

監視する者も監視される

 共謀罪が制定されれば、人と人とのコミュニケーションそのものが犯罪となる。その捜査は被害の現場から始まるのではなく、まだ「事件」が起きる前に、関係者の通信を集めることが捜査となる。

グーグルやフェイスブックのデータが丸ごと米国家安全保障庁に提供されていたことは、驚きだったが、日本の我々はこの告発を対岸の火事のように感じてきた。しかし、小笠原さんのインタビューによって、日本の市民の情報もNSAによって集められていること、秘密保護法の制定の背後には米政府による高度の秘密情報を交換するには秘密保護法の制定が不可欠であるという「刷り込み」が行われていたことがわかった。

そして、映画「スノーデン」では、日本がアメリカに逆らったら、ただちに日本中を停電させるシステムが日本の電力システムには埋め込まれていることが示唆された。背筋も凍るような話だ。アメリカがその制定を切望する「共謀罪」もまた、日本をアメリカの属国化するための法律ツールの一つなのだろう。

映画「スノーデン」の中で、スノーデンとガールフレンドのリンゼイが日本の赴任が終わりに、富士登山を計画していて大げんかをするシーンがある。スノーデンは、リンゼイが他の男性とつきあっているのではないかと疑っているが、スノーデンの上司は「そんな心配はいらない。リンゼイはあの男とは付き合っていない。」と説明する。つまり、スノーデンだけでなく、彼のガールフレンドの行動のすべてが、国によって監視されていると言うことをスノーデンは知ることになる。人を監視しているはずの情報機関の人間そのものが、厳しい国の監視下に置かれ、疑心暗鬼の中で、次第に自らを見失うことになるというパラドックスをこの映画はよく描いている。

 

プライバシーはなぜ必要なのか

2016年6月に東大で開催された講演会で、スノーデン氏が講演した。といっても、ロシアの自宅から、インターネットで登場したのである。彼は、このような方法を使って、世界中で講演している。日本の会場からの質問にも誠実に答えてくれた。

亡命先のロシアから出られない状況でも、スノーデン氏は世界の情報を知り、表現の自由を守るために発言を続ける。この講演では、日本の秘密保護法のことやメディアに対する政府の厳しいコントロールなどについて、実に的確に指摘した。スノーデン氏は、自らの告発の意味について思索を深める中で、世界市民の自由の守護者となったのである。

いま、私たちが、共謀罪法案に反対する活動を展開していたとき、「テロ対策に反対するのは無責任だ」「あなたは、何か、悪いことでも考えているのか」「自分は何も悪いことをしているわけではないから、平気だ」という反応が返ってきたことがあった。本当に平気だろうか。人間が自由に考えて、自らの内心を的確に表現するためには内心と不可分な通信のプライバシーが保障されている環境が必要不可欠だ。ジョージ・オーウェルの「1984年」が描き出したように、監視されている状況では自由な思索そのものができなくなる。フェイク・ニュースがあふれるポスト・トゥルースの時代の中で、スノーデン氏は、そのようなぎりぎりの状況に追い詰められながら、自らの良心にもとづいて、政府のしていることを、市民に知らせようと決断したのであり、その一人の人間の決断が世界を変えつつある。

映画「スノーデン」のラストに一瞬だが、スノーデン氏自身が登場する。物静かだが、自信に満ちたその横顔には、自らのやったことが正しいという確信があふれていた。実にいい顔だった。

2017年2月にプーチン大統領がトランプ大統領にスノーデン氏を手土産代わりに引き渡すのではないかという噂が流れた。その直後2月11日に、スノーデン氏自らが発信したツイッターを、最後に紹介しておこう。

I don't know if the rumors are true. But I can tell you this: I am not afraid. There are things that must be said no matter the consequence.

 その噂が真実かどうかはわかりません。しかし、私はあなたに次のことを伝えることができます。私は恐れていません。そのことの結果に関係なく、言わなければならないことがあるのだということを。


参考文献

グレン・グリーンウォルド『暴露 スノーデンが私に託したファイル』(2014 新潮社)

ルーク・ハーディング『スノーデンファイル 地球上で最も追われている男の真実』(2014 日経BP社)

デイヴィッド・ライアン『スノーデン・ショック――民主主義にひそむ監視の脅威』(2016 岩波書店)

小笠原みどり『スノーデン、監視社会の恐怖を語る 独占インタビュー全記録』(2016毎日新聞出版)

(この原稿は2017年4月に監獄人権センターニュースのために執筆したものに、その後あきらかになった情報を加えて2019年10月に改訂したものです。)



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映画「マイノリティ・レポート」と共謀罪

映画「マイノリティ・レポート」と共謀罪

                       海渡雄一


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監督 スティーブン・スティルスバーグ

原作 ブィリップ・K・ディック

主演 トム・クルーズ/サマンサ・モートン

 

共謀の段階から人を処罰することは、次のような人間観に立つことを意味しています。「ひとは、悪いことを思い立ち、他人と合意すれば、その犯罪は必ず実行されるものとして、処罰する必要がある。仮に処罰される中に、実際には実行されない・実行されなかったかもしれない犯罪があったとしても、社会の安全のためには、いったん悪いことを考えた者を処罰することが必要である。」というものでしょうか。みなさんは、このような考え方に賛同されますか。

 最近、公開され大ヒットした映画にトム・クルーズ主演・スティーブン・スピルスバーグ監督の「マイノリティ・レポート」という映画があります。この映画では、超能力者(プリコグ)が未来に起きる殺人を予知し、その未来殺人者を未来殺人罪で事前に逮捕し、収容所に隔離することができるシステムが確立し、殺人犯罪がなくなった未来を舞台としています。

 犯罪者の名前の書かれたボールとプリコグの脳裏に浮かんだ犯行シーンの映像から、犯罪者と犯罪場所を割り出し、そこに急行して犯人を捕らえ、永久に社会から隔離するシステムが確立しています。

 未来の犯罪の予知はSF的ですが、未来に起きるかもしれない犯罪でいま逮捕されてしまうと言う法律が、2017年6月に国会で成立させられました。その名前は「共謀罪」です。

 この映画の興味深いところは、トム・クルーズ扮する、自分の息子を誘拐・殺害された刑事ジョン・アンダートンが、このプリ・クライム・システムを確立し、先頭になって未来の犯罪者を事前に逮捕していくのですが、その彼自身が自ら殺人を犯すことをこのシステムによって予言されて、一転して逃亡することになる点です。

 このプリ・クライム・システムのもたらす犯罪情報は3人のプリコグの予知夢を総合しています。そこでは、3人の予知夢は一致することが原則ですが、まれに、3人の予知夢が一致しないことがあるのです。

すると、一致しない予知夢のうち、少数派の予知夢はマイノリティ・リポート(少数意見)として却下され、残り二人の予知夢から犯罪情報が構成されて、予知犯罪取締り部門に送られます。

 ここで、スピルバーグ監督が表現したかったことは、人間には、犯罪に至る最後の最後まで選択の余地があり、超能力者に予見された犯罪であっても自らの決断によって思いとどまる可能性があるということなのではないでしょうか。

実際に「共謀」された犯罪の中で、実行にまで至る事件はいったいどれだけあるのでしょうか。人間はいつでも考えを変えて犯罪を思いとどまることがあるのです。これまで、日本の刑法では犯罪の実行に着手した場合でも、結果発生を未然食い止めた場合には、その刑を減免することとしていました(中止未遂といいます)。共謀罪は途中で中止した場合も、刑は減免されません。警察に密告した場合にしか刑は減免されないのです。

また、監督は、犯罪の未然予防のために、街角の隅々に虹彩読み取り装置の設置された徹底した監視社会を作り上げることの危険性も同時に訴えています。この映画が製作された時点では、このような危険性はまだSFのレベルでした。しかし、現時点では世界中でこのような危険性が現実のものとなりつつあります。 

 2017年夏に制定された共謀罪が、実際に発動されるような社会となれば、社会を敵と味方に分け、市民社会自体を終わりのない戦争状態に置くことになりかねません。そして、その過程では、自分は「味方」の側だと信じて疑わなかった人も、アンダートン刑事のように、「敵」のレッテルを貼られて「共謀」の罪に問われることになるでしょう。しかし、その時に、「共謀」とされた会話は、ほんの出来心からの軽口だとか冗談だと弁解してみても、犯罪の発生以前に逮捕されてしまっている以上、本当にその犯罪を実行するつもりではなかったことを証明することなど、到底不可能でしょう。このことが、共謀罪の最大の問題なのです。
 いま、衆議院には野党が共同提案した共謀罪の廃止法案が係属中です。共謀罪が適用される前に、何とかこの法律を廃止させたいと思います。

 




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2019年10月10日

崩壊する警察の中立性

与党と野党で使い分けられる警察権力行使の
恣意的ダブルスタンダード

崩壊する警察の中立性

 

                                   海渡雄一

 

選挙演説をやじっただけで警察による実力排除
 参議院選挙の時に、安倍首相の演説にヤジを飛ばしただけで、警官に排除されるという事件が、札幌で発生し、批判が高まる中で、大津でも続いて発生した。これは偶然ではない。

野党の党首の演説でも、ヤジは飛んでいる。しかし、このようなヤジは放置されている。警察は、安倍総理に対するヤジだけを取り締まっている。このことは、警察が、与党党首の演説と与党党首の演説を差別的に扱うダブルスタンダードを行使していることの、なによりの証拠である。

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選挙演説に拍手することも、選挙演説にブーイングすることも、選挙の自由を妨害したとされるような極端な場合を除いて、等しく表現の自由として市民に保障されている。

 

戦争に反対する自由は治安維持法と軍機保護法によって奪われていた

 戦前の日本で、国民には戦争の遂行に反対する自由はなかった。戦争の遂行に疑問を表明しただけで、「非国民」のレッテルを貼られ、その存在を抹殺された。その道具として駆使されたのが、治安維持法(1925,1928改正)であり、改正軍機保護法(1937)であった。

政府は1945814日に、ポツダム宣言を受諾したが、同日 「機密重要書類焼却の件」を閣議決定した。戦争はなかったものにしようと、戦争に関する一切の資料を焼却して、戦争を歴史から消し去ろうとした。軍と官僚による戦争の証拠隠滅であった。

 戦争が終了しても、東久邇内閣は、治安維持法を廃止せず、治安維持法に問われた政治犯の釈放も拒否していた。1945(昭和20)年104日、GHQは、「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の除去の件(覚書)」を発し、表現の自由を侵害し、情報の収集と公開を制限する法律の廃止を命じ、治安維持法、予防拘禁手続令、国防保安法、治安維持法の下に於ける弁護士指定規程、軍機保護法、宗教団体法などが廃止された。

 続いて、19451011日、連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサーは当時の首相幣原喜重郎に対し、五大改革指令を命じた。その内容は、秘密警察の廃止、労働組合の結成奨励、婦人解放(家父長制の廃止)、学校教育の自由化、経済の民主化(財閥の解体、農地の解放)が含まれた。これによって特高警察は解体されたのである。

 このように、戦後改革の出発点は治安維持法、軍機保護法の廃止と特高警察の解体だったのである。

 

 特高警察の解体を批判する北村滋内閣情報官・国家安全保障局長

 公安警察のトップから、官邸ポリスのトップ、安倍総理の側近にまで登り詰め、内閣情報官から遂に国家安全保障局長に任命された北村滋氏こそが特定秘密保護法と共謀罪制定の牽引車であった。
 そして、内閣情報調査室の官邸を支えるための秘密活動を描き出すことこそが、映画「新聞記者」の主題であった。

 北村滋氏が、戦前から今日までの特高警察とりわけ外事警察の歴史を総括した「外事警察史素描」(講座警察法3巻 2010年頃執筆)は、北村氏の歴史観を読み解くうえで重要な論文である。ここには、次のような記載がある。

 「これらの防諜法規を適用し、昭和一六年一O月、警視庁は、ドイツ等の新聞社の特派員として八年聞にわたって我が国で活動し、我が国の政治、経済、軍事等の機密情報を収集し、ソ連に報告していたドイツ人リヒアルト・ゾルゲを逮捕するとともに前後して彼を中心とする諜報団の関係者を逮捕した。

ゾルゲらは、日本が北進してソ連攻撃を行うか、南進して米英との聴争に向かうかの状況判断に全力を集中し、また、ソ連擁護の立場から、南進論へと政策を志向させるべく活動した。ゾルゲによってソ連に報告された情報には、独の対ソ攻撃予定、日本の独ソ職不参加等の重要なものが含まれており、最終的に検挙には至ったものの、その被害は極めて甚大であった。」

 
 敗戦を防諜活動機能の剥奪と捉える北村滋内閣情報官の歴史観こそが、安倍政権の改憲姿勢の根幹にあるものである。北村氏は、日本の敗戦を次のように捉えている。

 「終戦により外事警察を取り巻く環境は一変した。ポツダム宣言は我が国において軍国主義を支持した権力及び勢力の永久の除去について言及した。

 10月4日、司令部から「政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限の撤廃に閲する覚書」が発せられた。この覚書は、政治的、公民的及び宗教的自由に対する制限ならびに人権、国籍、信教ないし政見を理由とする差別を撤廃することを目的とするものであったが、一切の秘密警察機関及ぴ言論、出版、映画、集会、結社等の検聞ないし監督に関係する一切の機能の停止、内務太臣以下の特高警察関係全職員の罷免を行うべきこと等を内容とするものであった。

 当時の東久遁宮内閣は、内務大臣以下全国の警察首脳部が一斉に罷免され、特高警察が廃止されては、内閣として国内の治安の確保に責任が持てないなどの理由から、翌五日総辞職した。

 内務省においては、この覚書に基づき、翌六日を期して全国一斉に外事審察を含む特高警察の機能を停止するよう全国地方庁に指示をし、罷免されることとなった警保局長以下の官吏は、四日付けで辞表を取りまとめ、内務大臣に提出した。」

 「我が国の占領終了、独立とともに再生した外事警察は、戦前・戦中からの対諜報活動に加え、国際テロ、朝鮮による日本人拉致容疑事案、大量破壊兵器関連物資等の不拡散対策といった新たな課題にも取り組んできた。

 こうした課題に対応するため、警察庁及び都道府県警察における外事警察の機構面の整備も進められてきた。一方、権限面では、国際社会が協調して対策を講じる必要性が強いテロ対策や安全保障貿易管理に関する法令等の整備は情勢の変化に対応して一定程度進められてきたものの、外事警察の本来の役割である対諜報活動に関しては、我が国の機密を保護するための防諜法規が未だ整備されないなど、決して十分とは言えない状態にある。」

 このような問題意識にもとづいて、安倍政権は2013年に特定秘密保護法を成立させたのである。

 

戦後警察に求められた政治的中立性が崩壊の危機に瀕している

 警察法2条の不偏不党はこのような痛苦な経験を踏まえて、警察組織が政治に関わることを厳しく戒めた。戦後制定された警察法は、徐々に国家警察の強化の方向に修正されてきたが、警察法2条は改正されていない。

 「警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。」「警察の活動は、厳格に前項の責務の範囲に限られるべきものであつて、その責務の遂行に当つては、不偏不党且つ公平中正を旨とし、いやしくも日本国憲法の保障する個人の権利及び自由の干渉にわたる等その権限を濫用することがあってはならない。」との規定はかろうじて維持されている。

 総理に不快な思いをさせないために、総理の演説に対するヤジは取り締まるように、全国の警察組織に対する指令が出ていたとしか思えない。このような警察権の行使は警察法違反であり、恣意的な権力の行使という批判を免れない。


総理の目、耳

 これは、内閣情報調査室の新人採用案内の一部である。総理の目となり、耳となって官邸を支えると公言している。
 内閣情報調査室は、実質的には警察機構のトップに君臨し、そのトップが参院選後の内閣改造に合わせ、外交・防衛政策のトップである国家安全保障局長を務めることとなった。
 内調も国家安全保障局も、警察法の軛を免れ、官邸の私兵と化している。この状況を見過ごせば、日本は本当の独裁国家になってしまう。




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2019年10月09日

映画「新聞記者」の描くリアル日本の監視社会の絶望と希望

2019.7

 

映画「新聞記者」の描くリアル日本の監視社会の絶望と希望

                                 海渡 雄一

 

映画「新聞記者」を見て

とにかく面白い。最後まで、息つく間もなく見せる力を持ったサスペンスムービーだ。そして、これは日本の映画界では久しく見ることができなくなっていた種類の政治劇でもある。近来、日本の政治権力の醜い姿を、これだけ赤裸々に描いた映画があっただろうか?監督・脚本を担当した藤井道人は1986年生まれ、日本映画のニューウェーブの誕生である。

私は、この映画の深いところにあるテーマは、真実を報道しようとする調査ジャーナリズムが、深まり行くデジタル監視社会のもとで生き延びることができるかどうかという点にあったように思う。

新聞記者2


新聞記者吉岡エリカ対内閣情報調査室員杉浦拓海

この映画の主人公は二人。外務省が内閣府に出向している幹部職員の死の真相を突き止めるために調査を重ねていく吉岡エリカ記者、吉岡記者の父も新聞記者で、誤報を指摘され、自殺したとされているが、吉岡記者は父は自殺などするわけがないと信じ、父の死の真実を突き止めようとしてきた。この映画が、迫真性があるのは、吉岡エリカ記者の真実をみつめるまっすぐの目線があまりにもリアルだからだ。

対する内閣情報調査室員杉浦拓海は、神崎の後輩であり、外務省から内閣府に出向させられている。国家公務員として国民に尽くしたいという矜持をもち、身重の妻を思いやる心優しい青年である。杉浦は、自らのやっている仕事に疑問を持ち、吉岡の視線に射貫かれ、ためらいながら決断しようとしていく。
 吉岡記者を演じたのは、韓国の若手演技派のトップ女優シム・ウンギョンである。子役時代にはドラマ「ファンジニ」の主人公の少女時代、「王になった男」の少女女官役など注目されてきたが、「怪しい彼女」で多くの賞を獲得し、大ブレイクした。70歳のおばあちゃんマンスルが突然20歳オ・ドゥリに若返り、若かったときの歌手になりたいという夢をかなえていくという、破天荒だが、非常に難しい役を演じきった。この映画でも、ウンギョンは、真実をあきらかにしたいとひたむきに追いかける吉岡エリカの精神の核を形づくるジャーナリスト魂をスクリーンに定着させた。

内閣情報調査室員杉浦拓海を演じたのは日本の映画界の若手ホープ松坂桃李である。この映画のキャスティングを断らなかったことだけで賞賛に値するが、内調幹部からの指示に疑問を呈しながら従ってしまう弱さ、自らも監視され家族に危害が及ぶのではないか考えすくんでしまう優柔さ、しかし、何かに押されるように、通報へと踏み出そうとする強さの揺れ動く感情の襞を見事に表現した。萎縮する表現の自由の現場をこれほどリアルに描くことができたのは松坂の繊細な感性の賜だ。

 

この映画はフィクションである。そして、吉岡と杉浦の告発が成就したのか、それとも官邸ポリスの反撃が成功するのか、わからないまま映画は終わる。現実が決着がついていないのであるから、この終わり方は、むしろ必然的なものだったろう。

 

日本の官邸は独裁国家のように振る舞っている

この映画は東京新聞社会部の望月衣塑子記者の「新聞記者」を原案としている。

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7月5日の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は日本政府が会見で記者の質問を制限したり、記者クラブに加盟していないジャーナリストの出席を拒んだりしているとして、「日本は報道の自由が憲法に記された現代の民主国家だが、時には独裁政権のように振る舞っている」と批判した。この記事は、菅義偉官房長官が定例会見で質問を繰り返し物議を醸してきた東京新聞の望月記者に、「あなたに答える必要はない」と回答を拒んだことなどをとりあげ、情報が取得できなくなることを恐れ、多くの記者が当局との対立を避ける中、「日本の報道の自由にとって彼女は庶民の英雄になっている」と報道している。

 

調査ジャーナリズムの成立する前提

政治権力にとって都合の悪い、政府が必死で隠そうとする情報を市民が手にするためには、粘り強い調査ジャーナリズムとジャーナリストに対してその情報を手渡そうとする行政機関や企業内の通報者が必要である。

監視社会が深まると、調査ジャーナリストと通報者の双方が、その政治権力による監視の下に置かれる。特定され、追尾され、脅され、屈服を迫られる。そのような状況の下で、調査ジャーナリズムを担うジャーナリストと通報者には、これまでにない慎重な行動と強い勇気が求められているように見える。

 

ペンタゴンペーパーの場合

ベトナム戦争を終わらせたのは、ペンタゴンペーパーに関する新聞記事であった。通報者の米軍の情報分析官ダニエル・エルズバーグが、1971年、コピーを作成してニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者、ワシントンポストなどにこれを手渡した。ニューヨーク・タイムズは特別チームを作り、1971年6月13日から連載で記事を掲載し、ワシントンポストもこれを追った。

ニクソン大統領は司法省に記事差し止めを命じ、連邦地方裁判所にニューヨーク・タイムズとワシントンポストを提訴した。1971年6月30日アメリカの連邦最高裁は「政府は証明責任を果たしていない」という理由で政府の差止請求は却下された。

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ペンタゴンペーパーによると、アメリカ軍がベトナムに本格的に介入するきっかけになった1964年8月の、北ベトナム海軍によるトンキン湾の魚雷攻撃事件の2回目はまさしくこのペンタゴン・ペーパーズの中に「アメリカ側で仕組んで捏造した事件だった」と暴露されている。米連邦最高裁のフーゴ・L・ブラック判事は「自由で拘束されない新聞のみが、政府の欺瞞を効果的にあばくことができる。そして自由な新聞の負う責任のうち至高の義務は、政府が国民を欺き、国民を遠い国々に送り込んで異境の悪疫、異国の銃弾に倒れるのを防ぐことである。」と補足意見の中で述べている(1971年6月ニューヨークタイムス事件最高裁判決における同判事意見より)。他方で、エルズバーグ氏らは1971年6月窃盗、1917年スパイ法違反(国家秘密の漏洩)などの罪で起訴された。起訴罪名の合計刑期は115年に達する重罪起訴であった。エルズバーグは「責任あるアメリカ市民としてこれ以上この秘密を隠し続けることに荷担できない」との声明を発表した。政府がカルテの窃盗や令状なしの盗聴を繰り返していたことが判明し、連邦地裁判事は「政府の不正」があったとしてこの刑事起訴を却下した。内部通報者とジャーナリストの協働がベトナム戦争を終わらせ、アメリカと世界の歴史を変えたのである。

 

 スノーデンショック

NSAの契約先の技術者であったエドワード・スノーデン氏は、2013年6月、ポイトラス氏、グリ-ンウォルド氏、そして英ガーディアン紙に情報を提供し、NSAがあらたに開発したプリズムというシステムを使って、SNSやクラウド・サービス、あるいはインターネットの接続業者など大手のIT企業9社のサーバーから直接網羅的にデータを収集していたという事実を暴露したのである。

トップシークレットを保持する内部告発者とこれを報道する熱意と能力と勇気のあるジャーナリストが出会うことができ、報道ができたこと自体が奇跡だ。

スノーデン氏は、ロシアに亡命し、アメリカに入国することはできなくなっている。しかし、スノーデン氏は、ネットを通じて世界中の市民のために、講演し、プライバシーと表現の自由の危機についての伝道者となった。ジャーナリストたちも、危機的な状況はあったが、逮捕起訴には至っていない。

 

内閣情報調査室に、官邸ポリスは本当に存在するのか

映画「新聞記者」を成り立たせている前提は、内閣府内閣情報調査室の中に、官邸の政治目的に奉仕する情報警察組織が作られ、この組織が、犯罪の捜査のためではなく、官邸の政治的な敵対者を黙らせ、無力化するために監視捜査で集めた情報を駆使して、権力になびいている官製のジャーナリズムに報道させ、またネット上でも工作を繰り広げているという仮説である。ここでは捜査機関の政治的中立性などの理念はかなぐり捨てられ、総理を支えることが自己目的化され、まさに政権の私兵と化しているさまが映画では描かれる。

映画では、官邸前にある、内閣府内閣官房ビルの中の内閣情報調査室の中に官邸ポリスは存在するとされている。そこで行われている、情報の収集とこれを使った操作の諸活動こそが、この映画が映し出した日本の国家権力の実像なのである。

内閣府内閣情報調査室は存在する。北村滋内閣情報官は、今年度の内調の新人採用のためのパンフレット「採用案内2019」で、次のように自負を述べている。

「近年、我が国の安全保障体制の強化が進められており、インテリジェンス機能の強化はその中の極めて重要な柱となっている。まず国家安全保障会議(NSC)が発足し、安全保障法制が整備されたことにより、政策部門の必要とする情報を提供するインテリジェンス部門の重要性が一層明確になった。次に、安全保障上の重要機密情報を適正に管理するための 「器」とも言える特定秘密保護法が施行されたことにより、インテリジェンス機関が国内外の機関との連携を深化させることが可能となった。そして平成27年には、官邸直轄の情報収集部隊である国際テロ情報収集ユニットが発足し、我が国が海外においてfirst handの人的情報収集を進めていく上で大きな一歩となった。 さらに、昨年夏には、関係11省庁の職員が一堂に勤務する国際テロ対策等情報共有センターがスタートし、テロ容疑事案等に関する情報の迅速な共有、分析を進めている。」

「現在、内閣情報官として、多忙を極める総理日程の中、概ね週2回の定例報告の他、必要な場合には臨時の報告を行っている。そのため、当室のスタッフと力をあわせ、常にアンテナを高くし速やかに情報収集するとともに、必要な情報が集約されているか、情報の分析は的確か、報告の直前まで日々苦労しながら準備に注力している。インテリジェンスは縁の下の力持ちである。総理を直接支え、陰ながら我が国の安全の確保に貢献する誇りと使命感 を得ることができる職務である。複雑化する脅威を前に、柔軟かつ的確な情報収集・分析を行うためには、画一的ではない多様な知識・経験を持った集団となることが求められている。少数なれば、精鋭たれ。新たな諸課題にチャレンジする進取の気概を持つ諸君が内閣情報調査室の一員に加わることを願ってやまない。」

このパンフレットには、次のような組織図も示されている。「総理を直接支える」ことを明確に目的に掲げていることが注目される。

 そして、このパンフレットの本文でも、内閣情報調査室は「総理の目と耳としての役割を果たし、官邸の柔軟かつ機敏な政策決定を支援しています。」とされている。半ば、開き直って官邸ポリスの存在を認めているようにも見える。

 

官邸ポリスの集めた情報で官僚・政治家を恐怖支配
 
2018年末に「官邸ポリス」と言う題名の本が講談社から出版された。著者は「東京大学法学部卒業、警察庁入庁、その後、退職」とだけ、紹介され、経歴も年齢もわからない。内容は、安倍政権に奉仕する官邸内の警察官僚をはじめとして、外務省、財務省、警視庁、さらには報道機関などの生々しい実態が描かれている。この本は、政権に奉仕し、政権をコントロールさえしようとしている、杉田官房副長官と北村滋内閣情報官ら官邸ポリスを告発するために、書かれた内部告発本のようだ。

最近の毎日新聞のインタビューで、前川喜平元文科事務次官は、「この本が本当だとしたら、現代の特高警察だと思いますよ。私は2016年の9月か10月ごろ、警察庁出身の杉田和博官房副長官から官邸に呼び出され「新宿の出会い系バーというところに行っているそうじゃないか」と言われた。「週刊誌から聞いた話だ」と。それなら週刊誌が私のところに来るはずですが、来ませんでした。」。「菅さんが総理になれば、もっとひどい警察国家、恐怖政治になるのではないかと懸念しています。」「そういえば杉田さんに官邸に呼ばれた時、「○○省の○○ 次官にもそういうことがあったよ」と言われたんです。それで「みんな尾行されているのかな」と思った。弱みを握られている人は役人だけではなくて、与野党の政治家の中にも、メディアの中にもいるかもしれない。そう思いました。」と述べている(毎日新聞6月20日 これが本当なら「現代の特高」前川元次官が語る告発ノベル「官邸ポリス」のリアル)。

まさに、安倍・菅官邸は、公安警察が集めた個人情報によって、政治家や官僚、ジャーナリストの弱みを握って黙らせるという、独裁的な政治を進めていることが、元事務次官から告発された。そして、「新聞記者」という映画にもなった。しかし、官邸の誰も、菅官房長官も、杉田和博官房副長官も、北村滋内閣情報官も説明責任を果たそうとしない。

 

プライバシーの保護のシステムが自由権の核となる

共謀罪の法案審議が頂点を迎えていた2017年5月、国連人権理事会の任命するプライバシー問題に関する特別報告者であるジョゼフ・カナタチ氏が、この法案が刑事法に求められる明確性を欠いていること、市民のプライバシー侵害を拡大する恐れがあるにもかかわらず、その歯止めを欠いていることを指摘する公開書簡を安倍首相に送った。

カナタチ氏は同年10月2日に来日し、日弁連における講演で、プライバシー保護のためのセーフガードについて、監視システムは、使用前に法律によって定められなければならず、実際の監視が行われる前に、事前の独立した認可を受けなければならないこと、国家による個人の行動の意図的な監視は、対象を特定し、合理的な疑いに基づいてのみ可能であること、国際的な監視システムが必要であることなどを提言した。

この勧告に対する官邸の問答無用の反応も、特筆すべきものだったといえる。

カナタチ氏によって示されている条件は、極めて具体的で、日本でも、実施可能だ。むしろ、このような制度の導入は、日本の民主主義的な政治体制を持続させるため必要不可欠となっているだろう。私たちも、ドイツやオランダなどのプライバシー保護の先進国に学ぶ必要がある。情報警察活動に対する市民的な監視を強化していくことが、市民社会の萎縮を防ぎ、民主政治を取り戻すための、いま最も重要な課題となっている。

映画「新聞記者」は、このような議論の出発点となり得る。これからの日本の社会を支えていく若い世代にこそ、是非見てもらいたい。

 



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